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	<title>水中考古学／船舶・海事史研究 &#187; 論文・トピック</title>
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	<description>水中考古学／船舶・海事史研究は日本水中考古学の発展を目指しています。</description>
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		<title>沈没船引き上げ　宝　トレジャーハンター</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Jun 2007 15:50:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[水中考古学のすすめ]]></category>

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		<description><![CDATA[最近何かと話題のトレジャーハンターの動向について、いろいろな情報をもとに集めてみました。 つい先日、Ｇｒｅｇ　Ｓｔｅｍｍ氏が代表のＯｄｙｓｓｅｙ　Ｍａｒｉｎｅ社が大西洋で今までにない大量の金貨などを積む沈]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近何かと話題のトレジャーハンターの動向について、いろいろな情報をもとに集めてみました。</p>
<p><span id="more-585"></span></p>
<p>つい先日、Ｇｒｅｇ　Ｓｔｅｍｍ氏が代表のＯｄｙｓｓｅｙ　Ｍａｒｉｎｅ社が大西洋で今までにない大量の金貨などを積む沈没船を発見し話題になりました。この沈没船はＢｌａｃｋ　Ｓｗａｎと言われていますが、秘密とされています。このニュースが出たとたんこの会社の株価が上がっています…投資する人も増えるでしょうが。</p>
<p>さて、この会社は考古学的調査をしてないことは確実です。以前にＲｅｐｕｂｌｉｃという船を発掘（破壊）したときも、船体に穴を開けＲＯＶ（水中ロボットを使い販売できる価値のあるものを取り出しています。</p>
<p>今回の船もマニラガレオン船だと言われていますが、詳しいことはわかりません。この会社は１６４１年に沈んだイギリス船Merchant Royalを捜していたのは事実ですし、またジブラルタルでＥｓｓｅｘ号も発見しています。このＥｓｓｅｘについても発掘許可をスペイン政府からもらっています。本来であれば管轄の地元自治体にサルベージ許可を申請するのですが、何も知らない政府の高官に話をつけ合意をもらったそうです。ですので地元自治体は許可を与えていないと反対しています。</p>
<p>現在、ＵＮＥＳＣＯでは水中文化財保護の条約制定を推し進めています。ＵＮＥＳＣＥＯの原案があり、ネットでもごらんになれます。　http://unesdoc.unesco.org/images/0012/001260/126065e.pdf</p>
<p>世界２０カ国がこの法案を採択すると国際法となります。今年、もしくは来年中には目標に到達し、国際法としての効力を発揮します。この法案では各国が国を中心となり水中文化財保護を進めていくこと、そして水中文化遺産の現状維持、遺物の売買の禁止などが掲げられています。つまり、トレジャーハンティングもそろそろ合法でなくなる日が近くなっています。</p>
<p>さて、Ｂｌａｃｋ　Ｓｗａｎに戻りますが引き揚げられた遺物は会社の本部にあるフロリダに送られました。ここで保存処理が行われるようです。水中から引き揚げられた遺物は保存処理なしではすぐにぼろぼろになってしまいます。引き揚げられた遺物のリストなどあれば船の特定は可能なのですが…未だにこのような盗掘が耐えません。水中も陸上も同じ遺跡であることは変わりないのですが。報道のされ方にも問題があるようです。</p>
<p>また、スペイン政府がフロリダに会社に起訴を起こしたようです。国際法では軍艦などはもともと政府の持ち物として認められており、沈没した後も所有権は残されます。つまり、もしガレオン船であればスペインの所有権があるのでスペイン政府の許可が必要となります。これを無視して盗掘したのであれば、もちろん国際法違反となります。</p>
<p>何十年か前になりますが沈没船から必要な遺物を引き揚げた後、発見されるのを恐れてダイナマイトで完全に船体を粉砕したトレジャーハンターがいたそうです。現在ではこのような遺跡の破壊行為はトレジャーハンターの汚名行為なので行われることはないでしょう。　　まだ水中文化遺産保護に関心の薄い政府などから許可をもらい合法で引き上げを行っている会社がほとんどです。一応考古学者（大学で考古学を学んだ者）を調査に同行させており、ある程度簡単な遺物の位置などを記録していますが、やはり考古学調査と呼ぶにはあまりに簡単・適当のようです。また、遺物に興味があるため、その他の有機物、船体などは引き揚げられず放置されることがほとんどのようです。</p>
<p>このような引き揚げにくらべ、海洋考古学本来の調査は全く違います。例えば３３００年前のウルブルン沈没船は１０年ほど発掘を行い、現在でも遺物一つ一つ調査・研究が行われています。また、トルコ海洋考古学博物館は人気１－２を争う博物館として地域の重要な観光資源となっています。さらにはスウェーデンのヴァーサ号博物館は年間７５万人が訪れます。つまり、５００億相当のお宝とかいってますが、儲けるのは一部の人だけですぐに忘れ去られてしまいます。きちんとした海洋考古学調査では遺物を後世にのこし、地域の発達、博物館収入など間接的にさまざまな人が儲けることができるのです。</p>
<p>日本でも沈没船の引き上げが話題となってしまいましたが、これを機会にＵＮＥＳＣＯにのっとった考古学的調査、海洋考古学に興味を持っていただけるきっかけとなればよいのではないでしょうかと考えています。</p>
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		<title>今年度は？</title>
		<link>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/future/20070412557.html</link>
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		<pubDate>Thu, 12 Apr 2007 00:05:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[水中考古学のすすめ]]></category>

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		<description><![CDATA[毎年４月にちょっとした今までを振り返りと言う記事を書いています。このサイトが２００５年４月にリニューアルオープンして以来多くの人のサポートを受け成長してきました。今年度はどのような水中考古学の発展がある]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>毎年４月にちょっとした今までを振り返りと言う記事を書いています。このサイトが２００５年４月にリニューアルオープンして以来多くの人のサポートを受け成長してきました。今年度はどのような水中考古学の発展があるのでしょうか？</p>
<p><span id="more-557"></span></p>
<p>今年度がまだ始まったばかりですが、アジア水中考古学研究所（ARIUWA）の活動に注目したいと思います。海底ミュージアム構想、玄界灘沖でのサーヴェイなどです。詳しくは。
<p><a href="http://www.h3.dion.ne.jp/~uwarchae"><font size="3">ARIUWAのホームページ</font></a>
</p>
<p>また、今年の６月末には第２回海洋考古学セミナーを予定しています。詳しい内容はまた後ほどお知らせします。海外から日本やアジアの海洋文化に対する関心も最近また強く感じられるようになりました。いくつか学会やジャーナルなどでアジアの水中考古学についての発表が予定されています。冬には和歌山でのトルコ軍艦調査が行われる予定です。</p>
<p>さて、海外ではどうでしょうか？中国は南海１号の引き上げが大きなニュースとなることは間違いないでしょう。韓国も新安発掘３１年を向かえ、去年のシンポジウムでお披露目されたサーヴェイ専用船も本格的に始動し始めることでしょう。インドもグジャラト地方の調査、イランのシラフ近海で発見された沈没船の発掘も興味のある動きです。</p>
<p>また、中南米でもいくつかプロジェクトが指導する動きもあります。トレジャーハンターの活動が活発ですが、UNESCOの水中文化遺産保護もだいぶ認められつつあります。アフリカ、特に東海岸や南アメリカでも国を主体とした活動が期待できそうです。</p>
<p>水中考古学のメッカ、地中海、アメリカなどですが、それほど大きなニュースはなさそうです。トルコでは相変わらずサーヴェイや地元の報告による沈没船の発見が相次いでいますし、イギリスもローカルダイバーに水中考古学に興味を持ってもらうよう働きかけています。アメリカでは今年の夏にメキシコ湾で水中ロボットを使った発掘調査を予定しています。</p>
<p>何か日本でも大きな動きがあれば良いなと期待しています。地道な宣伝と活動が成果を結ぶ日は近づいているのかもしれません。</p>
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		<title>串本沖　トルコ軍艦探査プロジェクト</title>
		<link>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/research/20070215538.html</link>
		<comments>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/research/20070215538.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 15 Feb 2007 13:36:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[研究・学術]]></category>

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		<description><![CDATA[2007年1月に行われた和歌山県串本沖の1890年に沈没したトルコ軍艦の事前調査に参加したときの様子などをまとめました。 事件発生 １８９０年、トルコにとって日本、そして日本にとってもトルコは遠い国だった。明治政府とオス [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2007年1月に行われた和歌山県串本沖の1890年に沈没したトルコ軍艦の事前調査に参加したときの様子などをまとめました。</p>
<p><span id="more-538"></span></p>
<div align="center"><font size="4">事件発生</font></div>
<p></p>
<p>１８９０年、トルコにとって日本、そして日本にとってもトルコは遠い国だった。明治政府とオスマン・トルコはお互いの国の親交を深めようとオスマン・パシャ一行６００人ほどを日本へと送った。明治天皇との謁見なども計画され両国の親睦を確かめる機会となった。この任務には木造蒸気軍艦エルテゥールル号が起用された。老朽船ということもあり、日本へ向かう途中修理を繰り返しながらの航海であった。予定が遅れたものの任務を終えた一行は横浜に停泊していた。帰国の途に着く前に日本側が船の完全な修理を勧めたが、コレラの流行などもあってか９月の台風シーズンにもかかわらず出港した。９月１６日から台風の影響と思われる暴風雨と波浪により船はコントロールを失いついには現在の和歌山県串本町大島の東の端にある樫野岬で座礁・沈没した。この事故で実に助かった者は６０名ほどのみで５００人以上が命を落とした。海運史に名をとどめる大海難事故となったのである。<br />
船の沈没から無事助かった者は大島の島民に手厚い介護を受けた。また、島民が一丸となり死体の回収なども積極的に行った。小さな漁村であったにもかかわらず島民が見ず知らずの外国人を助けたことに心を奪われたトルコ人は日本人に関心を示すようになる。また、その後に日本がトルコの宿敵ロシアに対馬海戦でバルチック艦隊を打ち破るなどの事件があり、いつしかトルコは親日国となっていった。イラン・イラク戦争で日本人捕虜がイランの領事館に閉じ込められた際にトルコ政府が飛行機で救助に向かったことは有名である。現在でもトルコで行われた街頭インタビューなどでは行きたい国のナンバー１は日本だそうである。</p>
<div align="center"><font size="4">２００７年の調査にいたるまでの経緯</font></div>
<p></p>
<p>１９７０年代からエ号が沈没した付近はダイバーによる海域調査がたびたび行われたようで、幾つかの遺物が発見、引き上げられ遺物は大島が管理している。当時、遺物には保存処理が施されておらず現在では劣化が進んでいる。島にはトルコ資料館や記念碑が建てられ観光客などが訪れている。<br />
さて学術的な海洋考古学の発祥の地、トルコですが、以前から研究者の間ではオスマン・トルコ時代の沈没船を調査したいと考えていたようで、いくつかプロジェクトとして立ち上げる候補があったそうです。しかし、歴史的価値などを吟味した結果日本で沈没したエ号の調査が進められることとなった。この研究にはトルコ海洋考古学研究所の所長のトゥファンさんが担当することになり、数年前に一度日本に下見にきている。そのときに串本町などと連絡を取り合い、今後の調査の可能性などを検討した。そして2006年からは2007年度の事前調査に向けてメンバー集めや調査費の獲得に動き出し始めた。トルコのファイナンシャルグループやトルコ航空などから調査協力、スポンサーとなり、2007年の調査が本格的に進められることになった。</p>
<div align="center"><font size="4">2007年の調査</font></div>
<p></p>
<p>2007年度の調査は事前調査であった。海洋考古学調査、とくに水中で遺跡がある場合、実際に何があるか遺跡・遺物の分布を特定するのは困難な場合がある。日本の発掘のように開発の緊急調査のために調査範囲がはっきりと確定されている調査とは全くことなるのである。つまり、どんな遺物がどれほどあり、どのような状況かを確認し、日本の受け入れ態勢なども吟味し、来年以降の活動の計画を立てるための確認作業であった。そのため発掘なども行わない。また、遺物を引き上げた際、保存処理を適切に行わないと遺物が劣化するため、むやみに引き上げることはできない。遺物を引き上げる場合、それを最後まで保存処理を施し、展示管理するプランや人材がなければ完全に無責任な発掘としかいえないであろう。この保存処理をどこでどう行うかを決めることも今回の重要な目的であった。</p>
<p>さて、水中に何があるか分からないが、実際に現場にいかずとも何がありそうかを調べることは出来る。主に文献資料に頼る。エ号は鉄のフレームに木材の外販を張った船であると伝えられている。長さは８０ｍほど。そして、帆を持った蒸気船であったので、エンジン・ボイラー・プロペラやシャフトなどがあったことが分かっている。沈没した際に船がサルベージされたそうだが、その記録を見る限り船体は引き上げられていなかった。大砲などの大きな遺物は明治時代に引き上げられたが、エンジンなどについては全く触れていないようである。つまり、これらの大きな鉄製の遺物はまだ海底に残っていると考えられた。</p>
<div align="center"><font size="4">マルチビームサーヴェイ</font></div>
<p>
船の大きな鉄の部品があるかどうか？それを調べるためにマルチビームソナー機器が使われることになった。海底ではレーザーなどが屈折するためイルカなどが使っているように“音”で地形を見ることが出来る。音波を使い海底面を3次元で復元するシステムがマルチビームシステムである。詳しくはこちらのサイトで。<a href="http://www.reson.com/sw1122.asp">http://www.reson.com/sw1122.asp</a></p>
<p>船の横に装置を設置し、GPSやモーションセンサーなどと組み合わせて正確な位置を割り出す。装置から発生された音波が跳ね返ってくる角度や時間などから地形を作り出す。定められた海域を行ったり来たりして海域をカバーした。音波がどんどん広がるように出るため、海底面が複雑だとその裏側までは分からないので、別の角度から機器を入れて地形を確認することになる。しかし、船が入れない場所はもちろん計測できない。また、音の跳ね返りから地形を割り出すシステムなので、砂に埋もれているものは確認できない。遺物が地表から突き出ていれば確認することが出来る。しかし、調査範囲を一日でカバーし、次の日には早速３D地形図が完成した。今回の調査は東洋テクニカさんの協力を経て調査した。<a href="http://www.toyo.co.jp/index.html<br />
">http://www.toyo.co.jp/index.html</a></p>
<p>マルチビーム調査の結果、海底地形が思ったいた以上に複雑であることが分かった。陸からは岩が張り出していたが、沖にでれば砂地と変わって平らになっていた。岩場では船体などの確認はマルチビームでは困難であるが、この平らな砂地にひとつ飛び出た地形（もしくは遺物）が確認された。この地点にダイバーを送り込んで確認を取ったが、単なる岩であることが判明。特に沖には遺物がないことが確認された。また、この３Dイメージをもとに遺跡の分布を直接マッピングしていくことも検討された。</p>
<div align="center"><font size="4">磁気探査</font></div>
<p>
磁気探査機は海底にある金属・磁気反応を読み取ることが出来る機械である。これにより海底面に埋もれている金属も発見することが出来る。マルチビームのように地形は出てこないが、磁気反応の強さにより等高線のように反応が強い場所、弱い場所がわかり、それにより金属性遺物の位置がつかめる仕組みである。今回の調査は応用地質さんの協力を得ることが出来た。<a href="http://www.oyo.co.jp">http://www.oyo.co.jp</a></p>
<p>こちらの機械は船の後ろに取り付けて引っ張るシステムを使う。船に近いと船に反応を示すことと、海底面に近いほうが良いためにこのような取り付けを行う。この海域は地形が複雑であったため、あまり機材を深く入れることができなかった。しかし、１ｍほどの金属があれば発見できると考えられるので、ボイラーなどの一部があれば発見できるはずである。マルチビームの地図を参考に調査範囲が設定された。岸に近い位置は機材が海底面に当たるのをさけるために省かれ、またあまり深い地点も探査をする必要がないと判断された。水深約２０－３０ｍのあたりを帯状に探査することが決まった。調査の結果は思いもよらず反応が全くなかった。つまり、大きな金属の遺物はその海域には存在していないことが分かった。</p>
<p>多少期待はずれに感じるかも知れないが、実はそこにないということは岸に近い部分にあるか、サルベージされた、もしくはすでに微塵に壊れたことを意味している。それが分かったということが成果になる。エ号は鉄製のフレームだといわれているが、実際には木造のフレームではなかったかとも考えられていた。また、沈没前にエンジンが大爆発を起こしたということも伝えられており、金属反応がないことはこれらの可能性を考える上での参考となる。また、岸に近い部分を発掘し、ボイラーなどがこれから発見される可能性も否めないので、遺物が散乱していないことの証拠にもなる。</p>
<div align="center"><font size="4">ダイビング調査</font></div>
<p>
マルチビーム、磁気探査、言い伝え、30年前からたびたび行われてきた引き上げなどの情報を元に遺物が散乱しているであろう地点に直接潜って探査することになった。ダイビングチームはトルコ、アメリカ、日本人などによるチームである。8人ほどのダイバーで、一日約1時間の2回のダイブが行われた。だいたい10日ほど調査が行われた。ハンドタイプの金属探知機なども使われ遺物の位置が確認された。最初に大きなエリアが調査され、どんどん遺物が集まる場所を限定していく方法が取られた。３Dマップを使って遺物の分布図を直接書き込もうと言う計画は遺物の分布がマップのエリア外であったために出来ないことがわかった。</p>
<p>鉄製の遺物は長年海水に浸かると化学反応を起こし、コンクリーションを形成する。これは鉄分が溶け出し、周りの砂やカルシウムと結合し凝固し、遺物の周りに岩のような殻を作り出すことになる。普通の人が見ただけでは単なる岩にしか見えない。これは金属探知機や熟練した“目”で見つけることが出来る。さて、ダイビングを繰り返していくうちに日本のダイバーも遺物の見分け方がわかったきたようでどんどん遺物を確認できるようになっていった。これにより遺物の集中する地点が確認された。この海域は岩が多く、岩の下にも遺物が確認された。これは、船が沈没した後に岩が動いている。また砂があまりないので遺物の保存状態はそれほど良くはないだろう。有機物などは砂に埋もれることで酸素から隔離され、バクテリアなどの分解からも免れる。しかし、岩場では有機物はどんどん劣化が進む。ただし、岩の下から遺物が発見される可能性が高い。岩の下では逆に安定した状態で無酸素になる可能性もあり、一度岩を動かして発掘を行う必要がある。しかし、今回発見された遺物のほとんどは金属性のものばかりで保存処理はこのような状況に対応することが考えられる。</p>
<div align="center"><font size="4">来年以降の調査</font></div>
<p>
2008年からは串本町から借りることが出来た旧樫野小学校を本部に調査が進められることになる。最初に岩を動かし、その下から出てきた遺物の位置を確認し引き上げる作業になる。あまり大きな遺物はないため、保存処理もそれほど大掛かりなものは必要としない。私の考えでは電子還元法（ER）でほとんど対処できると考えられる。また、有機物もあるが、小さな遺物がほとんどであろうから、シリコン・オイルを使った保存処理方法が妥当であろう。実際の保存処理に関してはこれから検討されていくであろう。</p>
<div id="attachment_849" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/monument_resize.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/monument_resize-400x597.jpg" alt="トルコ軍艦記念碑の前で写真撮影" title="monument_resize" width="400" height="597" class="size-medium wp-image-849" /></a><p class="wp-caption-text">トルコ軍艦記念碑の前で写真撮影</p></div>
<div id="attachment_836" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/museum_resize.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/museum_resize-400x329.jpg" alt="こちらは以前に引き上げられた遺物などが展示してある資料館です" title="museum_resize" width="400" height="329" class="size-medium wp-image-836" /></a><p class="wp-caption-text">こちらは以前に引き上げられた遺物などが展示してある資料館です</p></div>
<div id="attachment_843" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/multibeam-02_resize.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/multibeam-02_resize-400x298.jpg" alt="マルチビームシステム" title="multibeam-02_resize" width="400" height="298" class="size-medium wp-image-843" /></a><p class="wp-caption-text">マルチビームシステム</p></div>
<div id="attachment_842" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/multibeam-01_resize.jpg"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/multibeam-01_resize-400x267.jpg" alt="船の上から調査中にマルチビームのデータを見ることができます" title="multibeam-01_resize" width="400" height="267" class="size-medium wp-image-842" /></a><p class="wp-caption-text">船の上から調査中にマルチビームのデータを見ることができます</p></div>
<div id="attachment_840" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/mag01_resize.jpg"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/mag01_resize-400x267.jpg" alt="こちらが使用した磁気探査装置です" title="mag01_resize" width="400" height="267" class="size-medium wp-image-840" /></a><p class="wp-caption-text">こちらが使用した磁気探査装置です</p></div>
<p>調査海域はこんなところです。岩場で沈没しました</p>
<div id="attachment_839" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/diving02_resize.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/diving02_resize-400x267.jpg" alt="日本人ダイバーも使っての潜水調査です。彼らは良く働いてくれました。感謝です" title="diving02_resize" width="400" height="267" class="size-medium wp-image-839" /></a><p class="wp-caption-text">日本人ダイバーも使っての潜水調査です。彼らは良く働いてくれました。感謝です</p></div>
<div id="attachment_851" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/diving01_resize.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/diving01_resize-400x597.jpg" alt="潜る瞬間！" title="diving01_resize" width="400" height="597" class="size-medium wp-image-851" /></a><p class="wp-caption-text">潜る瞬間！</p></div>
<p>海洋考古学の父ことジョージ・バス先生がお弁当を食べてるところ</p>
<p>画家マチスのお孫さんのクロードさんです。75歳ですが、ばりばり元気に潜ります。海洋考古学の発展に惜しまず協力してくれています</p>
<div id="attachment_837" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/sukiyaki_resize.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/sukiyaki_resize-400x267.jpg" alt="地元の人に誘われてすき焼きパーティです" title="sukiyaki_resize" width="400" height="267" class="size-medium wp-image-837" /></a><p class="wp-caption-text">地元の人に誘われてすき焼きパーティです</p></div>
<div id="attachment_835" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/turkish-shop_0.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/turkish-shop_0-400x268.jpg" alt="記念碑のすぐ横にはトルコ人が経営するお土産店があります" title="turkish-shop_0" width="400" height="268" class="size-medium wp-image-835" /></a><p class="wp-caption-text">記念碑のすぐ横にはトルコ人が経営するお土産店があります</p></div>
<div id="attachment_838" class="wp-caption alignnone" style="width: 351px"><a href="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/sunrise_resize.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.nauticalarchaeologyjp.com/wp-content/uploads/sunrise_resize-341x400.jpg" alt="宿泊先のロイヤルホテルから見た日の出。橋杭岩がとても心にのこりました" title="sunrise_resize" width="341" height="400" class="size-medium wp-image-838" /></a><p class="wp-caption-text">宿泊先のロイヤルホテルから見た日の出。橋杭岩がとても心にのこりました</p></div>
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		<title>2006年そして来年は？</title>
		<link>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/future/20061231518.html</link>
		<comments>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/future/20061231518.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 30 Dec 2006 15:48:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[水中考古学のすすめ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nauticalarchaeologyjp.com/1/20061231518.html</guid>
		<description><![CDATA[この時期は毎年その一年を振り返るのが慣わしのようですね。そこで、２００６年の水中（海洋）考古学を振り返ってみたいと思います。最初はトップ３ニュースから。 第１位はなんといってもイランで沈没船発見、そして国]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この時期は毎年その一年を振り返るのが慣わしのようですね。そこで、２００６年の水中（海洋）考古学を振り返ってみたいと思います。最初はトップ３ニュースから。</p>
<p>第１位はなんといってもイランで沈没船発見、そして国の事業として水中考古学研究所を立ち上げる計画がでたことでしょう！日本もイランには負けてはいられない状態になってきているのでは？</p>
<p>第２位は中国の動きが活発になったことではないでしょうか？南海１号の引き上げ計画、そして新しい博物館の工事が進んでいます。蓬莱船（山東省）で韓国の船も含め沈没船が複数発掘されています。また、雲南省の湖で発見された石造構造物なども。</p>
<p>第３位は候補はいろいろありましたが、個人的には日本の情勢をまとめてひとつのニュースとしてみました。ことし始めの世界考古学会議では水中考古学関連の論文発表やポスターがありました。夏には京都で第１回海洋考古学セミナー、その他東京海洋大学が積極的に水中考古学に取り組み、実際にクラスなどが組まれていることなど。今後調査報告がなされるであろう長崎県小値賀での調査、千葉県でのサンフランシスコ号、その他太平洋を渡った古伊万里焼きなどありました。また、田辺昭三先生が亡くなられたことは悲しいニュースのひとつですが、日本水中考古学の新たな転機を示しているのではないでしょうか？</p>
<p><span id="more-518"></span></p>
<p>ウッズホールで開発されギリシャで試されたAUVなどはありましたが…エジプトでローマ時代の水没した町が発見されるなども。アメリカで調査が進んでいる海賊黒ひげの沈没船の調査などなど。このようなニュースは今でも良く聞きますが、ここ数年は今まで地中海が中心だった新発見がどんどん世界各地に広がっていることです。地中海で発達した学問ですが、今では世界のどこでも調査が行われるようになったのは良いことだと思います。</p>
<p>特に今年の第１位のようなイランでの発見、そしてカンボジアでの沈没船の発見やマヤのカヌーなどもあります。インドでも水没した神殿跡などの発見がありました。中国もそうですが、韓国も今年は新案沈没船３０周年を記念して調査専用船の開発なども行っています。インドネシアなどの東南アジアはとレジャーハンターによる盗掘が続いていますが個人的に得た情報ではやはりこのような状況ではいけないと各国でいろいろな人が気がついているようです。</p>
<p>２００５年に２００６年の予想をしましたが、UNESCOの法案についてはあまりニュースになるような動きはありませんでしたが、確実に感じられます。「中国から目が離せない」と書きましたが、大体当たってますね。水中考古学が日本でも多少認知されつつありますが、２００６年はどちらかといえば下準備が進められた年ではないでしょうか？私自身、この年は考古学、海洋学、海事史などさまざまな分野の先生方と交流を深めました。このサイトのアクセス数も倍ほどに増えてきており、確実に進歩しています。</p>
<p>そこで、２００７年の予想ですが…　最初は日本の場合。幾つかそれなりに話題になる話しが出ることは確実です。和歌山県のトルコ船の事前調査、水中考古学ジャーナルの第２号も１月には刊行されます。また、第２回海洋考古学セミナーも力を入れたいプロジェクトです。その他、太平洋戦争の海底遺産のニュースもあるかもしれません。</p>
<p>２００７年海外の話題は、中国はもちろん、イランやインド、そしてアフリカ、特に東海岸で何かあるのではないかと睨んでいます。地中海やアメリカでは遺跡の現状維持について、そしてUNESCOの水中文化遺産保護にももっと活発に討論が行われるのではないでしょうか？AUVなどは確実に新しい技術が進歩していますし、遺跡を発掘しなくてもさまざまな情報が読み取れる時代に向けた取り組みが始まるのではないでしょうか？</p>
<p>来年中にはこのサイトへのアクセスが１ヶ月平均１万人のユーザーを超えると思います。サイトをごらんの皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。また、このほかにもネットを中心に水中考古学の宣伝を行っていく計画も進行中です。２００７年も良い年でありますように。　</p>
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		<title>日本で水中考古学プログラムの設立を目指す！</title>
		<link>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/univ/20060613411.html</link>
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		<pubDate>Tue, 13 Jun 2006 11:25:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[大学では．．．]]></category>

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		<description><![CDATA[世界に誇れる日本の考古学ではあるものの、日本では水中考古学を学べる大学が無い！これは誰が見ても明らかな事実です。まことに勝手ではありますが、大雑把に自分なりに大学のカリキュラムを作ってみました。 　　　そ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>世界に誇れる日本の考古学ではあるものの、日本では水中考古学を学べる大学が無い！これは誰が見ても明らかな事実です。まことに勝手ではありますが、大雑把に自分なりに大学のカリキュラムを作ってみました。</p>
<p><span id="more-411"></span></p>
<p>　　　そこで、世界に幾つかある大学のカリキュラムを調べてみました。どの大学もそれぞれの長所・短所があります。テキサスA&#038;Mは保存処理が確立していることが強みであり、また、コネクションの幅が大きいのが強みですが、地中海、特に船だけに凝るところがあり、また技術を教えていないということが弱みでしょうか？オーストラリア、イギリス、イスラエルなどは水中遺跡のマネージメント、技術的な面もカバーしているようですが、保存処理がどこと無く頼りない感じがします。また、教授の幅が狭く所によってはワンマンショーのように見受けられる大学もあります。ECUは考古学ではなく、歴史学になりますが、職としての水中考古学に力を注いでいるようです。フロリダの大学二つともまだ駆け出しであるため、まだデパートメントとしての特色があまり感じられない気がします。これからに期待しますが、卒業生の活躍によるでしょう。詳しくは大学の紹介のページをご覧ください。</p>
<p>	これらの状況を見て、まことに勝手ではありますが、大雑把に自分なりに大学のカリキュラムを作ってみました。日本でも将来可能であるかを考えながら、そして、それぞれのプログラムの良い点、悪い点を判断して作成しました。もちろん理想のプログラムではありますが、将来の職業としても考えなくてはならず、アカデミアとして大学に残る場合もできるよう考えてみました。これらの授業は誰が教えるのかと気になるかも知れませんが、現在、海外で学んでいる日本の大学院生が卒業をした後に何人か集えばこのようなプログラムの設立は可能です。</p>
<p>	水中考古学といっても基本は考古学であり、その考古学のベースを養うことが大事です。また、遺跡が一括性の特色を示すため、その地域の歴史や言語などをさらに詳しく学ぶ必要があります。それらの授業はここでは触れていません。私が考える”水中考古学“は3つの柱があります。一つは海事考古学（Nautical Archaeology）でこれは船や港の考古学です。もう一つは海洋考古学（Maritime Archaeology）で、海洋文明、人と海の関係、人類学的アプローチによる人類がどのように水という環境を克服してきたかを学ぶ学問です。島の考古学などもこの分野にはいります。最後は水中考古学、これは保存処理、サーヴェイの方法、発掘技術、パブリック考古学、法律などです。</p>
<p>	この3つの柱を選考としてカリキュラムを作ってみました。基本のクラスはレクチャーと実習を含みます。このクラスは基本となることで必修として考えています。セミナーは生徒の自主的な研究とその研究発表を中心としたクラスを考えています。セミナーは海事考古学の生徒、また海洋考古学の生徒が中心となるクラスで、おもにアカデミア向けの内容になります。実習クラスは水中考古学の専門となります。主に職業としての水中考古学を身につけ実践の考古学を学びます。トピッククラスは現在ホットな内容の授業を取り込む予定で、授業形態などはとくに考えていません。パブリック考古学などは今後必要となる授業でしょう。水中考古学は一般に自分の仕事をアピールすることが成功の秘訣であることは欧米の成功の例をみるとはっきりしています。</p>
<p>	さて、授業数ですが、日本の大学については良く調べていないので単位数などはかなり適当です。基本（必修）の7クラス、そしてほかの3つの部門から5つの計１２クラスほどでしょうか？これに先ほど書いたように考古学・歴史・言語を加えます。現段階では簡単な構想を練っている状態なのでまだまだ雑なカリキュラムですが、もう少し日本の大学の制度を勉強し、より現実的なプログラム計画を作る予定です。また、これらそれぞれのクラスについてもより細かい内容も考えていく予定です。</p>
<p><font size="4">基本クラス</font></p>
<p>水中考古学の基礎</p>
<p>海事考古学（Nautical Archaeology）</p>
<p>海洋考古学　（Maritime Archaeology）</p>
<p>水中考古学実習　I　（サーヴェイ・発掘）</p>
<p>水中考古学実習　II　（写真・実測など）</p>
<p>保存処理　I</p>
<p>水中考古学の諸問題　（法律・水中文化遺産保護など）</p>
<p><font size="4">セミナー・ディスカッションクラス<br />
</font></p>
<p>セミナー　水中考古学史</p>
<p>セミナー　アジアの船</p>
<p>セミナー　船の歴史　ルネサンス以前</p>
<p>セミナー　アメリカ・ヨーロッパの船</p>
<p>セミナー　人類と水　</p>
<p><font size="4">実習</font></p>
<p>実習　水中考古学実習　III　（ダイブマスター・ROV・CGなど）</p>
<p>実習　保存処理　II　（金属・無機物）</p>
<p>実習　保存処理　III　（有機物）</p>
<p><font size="4">水中考古学トピック</font></p>
<p>トピック　深海考古学</p>
<p>トピック　パブリック考古学　（博物館・バーチャル考古学など）</p>
<p>トピック　自然科学と水中考古学</p>
<p>水中考古学の基礎</p>
<p>	この授業では水中考古学という学問の存在意義、歴史・考古学研究における重要性を学びまず。また、日本では曖昧であるこの学問の定義を行います。ごく簡単ではありますが、Nautical Archaeology,　Maritime Archaeology、そして　Underwater Archaeologyの違い、それぞれの学史を学びます。また、調査の基本的な流れである事前調査、サーヴェイ、発掘、記録・実測、研究、保存処理、出版、遺跡の保護と活用を学びます。学生の最初の必修授業となり、これから水中考古学を学んでいく上で最低限必要な基礎知識を身につけます。</p>
<p>海事考古学　（Nautical Archaeology）</p>
<p>	海事考古学、つまり、船舶・船・港の考古学を学びます。古代の船（丸木舟や葦船）から始まり、ギリシャ・ローマ時代、アラブの船、中世アジアの船、大航海時代の船、鉄船の出現、そして現代に残る伝統船大工に至るまでの船の発達の歴史を勉強します。また、船の考古学に必要な船体用語や船の構造について詳しく学びます。主に船の構造哲学、建造方法の変遷、港の構造などについて学びます。</p>
<p>海洋考古学　（Maritime Archaeology）</p>
<p>	海洋考古学、簡単に解説をすると人が海（および水）とどのような関係を保ちつつ現代の社会が形成されてきたかを学ぶ学問です。船の研究においても特にその社会的重要性を強調します。また、海岸にある遺跡、湖の遺跡、水没遺跡なども学びます。狩猟・農耕のほかに海からの資源に頼る文化、ポリネシアなどの島の考古学など多岐にわたり、海洋文明について研究します。</p>
<p>水中考古学実習　I　（サーヴェイ・発掘）</p>
<p>	水中考古学はその環境により多少の技術的制約を受けます。また、水中では地上で当たり前に行うこともできない場合があります。水中で無駄なく、安全に作業する技術を身につけます。サーヴェイの方法、ソナーや時期探査の基礎、水中実測の基礎、水中写真の取り方などを実践で学びます。安全面を確実に確保できるようなプランの立て方などを学びます。　</p>
<p>水中考古学実習　II　（写真・実測など）</p>
<p>	水中での発掘は水中考古学のほんの一部であり、考古学の研究は発掘後の遺物の管理・保存、実測、そして研究・解釈に重点が置かれます。この授業では発掘後の作業の実習を行います。データベースの作成、写真撮影、実測図作成、遺物・遺跡の展示・活用を学びます。また、船のラインの作成、簡単なモデル作成を行います。</p>
<p>保存処理の基礎　I　</p>
<p>	水中での発掘の際に欠かせない技術、それが保存処理です。長い間水に浸かっていた遺物は空気に触れると破損が始まります。適切な保存処理なくしては発掘をした意味が無くなり、盗掘・トレジャーハンティングのほうがまだましということになります。このクラスではなぜ保存処理が必要なのかということ、また遺物に対する取り組みから始まります。保存処理に必要な基礎的な化学を学んだ後、有機物及び金属などの無機物の処理を学びます。主にレクチャーが中心ですが、少し実験・ラボなども組み込みます。</p>
<p>水中考古学の諸問題　（法律・水中文化遺産保護など）</p>
<p>	水中考古学と陸上の考古学の大きな違いは水中の遺物は法律上なぜか陸上とは違った扱いを受けています。このことを理解し、また、日本以外の国に法律、国際法などを学びます。国連の海の法律、UNESCO・ICOMOSの水中文化遺産の取り組み、そしてアメリカ・イギリス・オーストラリアなどの例も見ます。トレジャーハンターやサルベージなどの問題点も論議し、水中文化遺産保護への活動についても論議します。また、日本国内での関心の低さについてもどのように対処していくべきかなどもトピックに考えています。</p>
<p>セミナー　水中考古学史</p>
<p>	水中考古学の発達の歴史を見ていく授業です。最初は技術的な問題をどのように解決してきたかを学びます。スキューバの発達、発掘技術の確立、サーヴェイ機器の発達と応用などを実際の調査に使った例から学びます。保存処理の応用の実例、例えばヴァーサやメリーローズ、ベル号について紹介します。テクニカル的なことを学ぶより、どのようにその技術を応用してきたかを重要なポイントと考えています。また、簡単にではありますが海事考古学の歴史、海洋考古学の歴史も学びます。そのほかとくに水没遺跡についてもここでは取り上げてみます。</p>
<p>セミナー　アジアの船</p>
<p>	タイトルどうりの授業になるでしょうが、まだアジアでは資料が少ないため歴史や文献資料などが中心になるでしょう。大きくインド洋も含めています、ただし、東南アジア、インドの船が中心です。船の発達から始まります。船の構造の発達を中心に進めていきます。隔壁の発達、東南アジアの縫合船、日本の丸木舟、準構造船から遣唐使船、関船などを経て最終的に弁財船、そして西洋の船との融合を見るまで学びます。ジャンク、そしてヨーロッパの登場による地域への影響なども学びます。また、東南アジアのトレジャーハンティングの問題についても軽く触れます。</p>
<p>セミナー　船の歴史　ルネサンス以前</p>
<p>	船の発達の歴史を学びます。メソポタミア、エジプトなどの船を学び、ギリシャ・ローマ時代の豊富な考古学資料から船体主体構造の変遷、海事考古学の発達の歴史も学びます。また、北欧の船、ヴァイキングの船、ハンザ同盟のコグ、そして大型船の登場まで学びます。アラブの船、アフリカの船についても地中海世界との関連で紹介します。地中海に多数存在する港についても学び、船体構造だけでなく船と人類の関係についても学びます。</p>
<p>セミナー　アメリカ・ヨーロッパの船</p>
<p>	ルネサンス期のイタリアの都市国家が発達させた貿易から始まり、スペイン・ポルトガルの大航海時代の船も学びます。ヨーロッパ諸国のアジア・アフリカ・アメリカへの進出の歴史、貿易ルートの確立、そして地域社会への影響を船と人の観点から見ます。また、アメリカ住民の船についても簡単に学びます。大型船の発達、武器の発達、そして木造船から新しい素材への変遷について学び、最後は第二次世界大戦と飛行機の発達を含めます。</p>
<p>セミナー　人類と水　</p>
<p>	海洋考古学のセミナーです。水中考古学では技術やテクニカルな側面、そして保存処理を学び、他のセミナーは船の構造などについて詳しく見ましたが、このセミナーは人類学的アプローチを取ります。海と人間がどのような関係を保ちつつ現在に至ったのかを主な主題とします。海岸での海との生活、島の考古学、人類のたどった道のりを学びます。また、遺跡のマネージメントも実例を紹介します。</p>
<p>実習　水中考古学実習　III　（ダイブマスター・ROV・CGなど）</p>
<p>	水中考古学実習I・IIでは水中考古学を学ぶ者に最低限必要な技術を教えますが、この実習ではさらに高度なテクニカルな技術の習得を目指します。プロジェクトを行う際に実際にマネージメントを行うことを目指す生徒を対象とします。レスキューダイビング、洞窟でのダイブなど特殊な技術を習得します。ダイビングでは安全面を確実に確保できるようなプランの立て方などを学びます。　　また、水中ロボットの簡単な構造、マルチビームなどの情報処理など海洋学のテクニカルな側面も学びます。その他、写真や実測図、CGの作成など発掘後の作業についても詳しく習得します。</p>
<p>実習　保存処理　II　（金属・無機物）</p>
<p>	保存処理Iはセオリーを中心に学びましたが、保存処理IIでは実際の遺物などを使い保存処理のプランを自分で作成し、それに沿って保存処理を行います。金属は薬品処理、錆びの除去、ER法による鉄の処理を学びます。石器や土器については復元や合成樹脂の使い分けを学びます。</p>
<p>実習　保存処理　III　（有機物）</p>
<p>	保存処理IIIも基本方針は保存処理IIと同じです。ただし、有機物の保存を行います。木材をPEG（ポリエチレングレコール）、糖アルコール、シリコンオイルなどによる処理の方法だけでなくメリットやデメリットも考えます。木材のほかに布、紙、皮などの遺物、さらには骨などの動物（及び人間）の一部の保存も行います。</p>
<p>トピック　　深海考古学</p>
<p>	深海考古学とは水中考古学の分野でも特にスキューバを使っての発掘が現実的でない水深５０ｍ以下にある遺跡を対象とする考古学です。なぜこのような水深にある遺跡の発掘が必要なのか、そしてアプローチの方法を紹介します。ROVやソナーなどの基礎知識、発掘方法などを調査例などから学び、現実的な学問の成立を目指します。</p>
<p>トピック　　パブリック考古学　（博物館・バーチャル考古学など）</p>
<p>	パブリック考古学とはつまり考古学者が一般の人々とどのように向き合って考古学、文化遺産の保護を理解してもらうかということを考えることです。遺跡の活用法について学びます。マスコミと考古学の対立・協力、一般向けの出版、インターネットの利用などです。また、博物館のマネージメントも考えます。水中考古学は考古学者以外から非常に注目されやすい分野ではありますが、発掘などのプロジェクトが大掛かりなことが多く税金などを使い国が中心となりこの学問の発達に勤めなければならないのは明らかです。しかし、それができていない国とできている国の差があるのはなぜか？そしてそれを変えていくのは一般の理解が必要です。</p>
<p>トピック　　自然科学と水中考古学</p>
<p>	考古学は近年になり様々な自然科学をその研究に取り込んでいます。もちろん年代測定などはそのおもな内容です。保存処理には化学の基礎が’必要ですし、海で作業をする水中考古学は海洋学も学ぶ必要があります。そして木材の樹種判別、花粉・プラントオパールの研究、動物考古学など自然科学の基礎を学びますが、水中考古学に応用された例も取り上げてその問題点なども学びます。そのテクニックを身に着けるのではなく、それぞれの応用法、また研究を依頼するにも自分である程度の理解が必要です。遺跡をマネージメントしていく上で必要な情報を見につけます。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>沈没船リスト</title>
		<link>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/research/20060514392.html</link>
		<comments>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/research/20060514392.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 May 2006 22:45:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[研究・学術]]></category>

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		<description><![CDATA[去年にジョージ・バス先生が編集した本が出版されました。この本はこれまでのInstitute of Nautical Archaeology（INA)の関連したプロジェクトの総まとめのようなものです。今回ここではそのプロジ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>去年にジョージ・バス先生が編集した本が出版されました。この本はこれまでのInstitute of Nautical Archaeology（INA)の関連したプロジェクトの総まとめのようなものです。今回ここではそのプロジェクトの簡単な紹介をします。なお、著作権の問題があるのでこれらの写真を見れるサイト（主にINA Virtual Museum)にリンクをしてあります。Artifact Image Galleryをクリックするとたくさんの写真を見ることができます。</p>
<p><span id="more-392"></span></p>
<div align="center"><font size="6">最古の沈没船</font></div>
<p></p>
<p><font size="4">1. Seytan Deresi</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/seytan/seytanderesi.htm"><font size="3">シャイタン　デレシ　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>年代　１６００ＢＣ？　　水深　２７－３３ｍ　　発掘　１９７５年</p>
<p>	土器の分布が確認されたが船体は見つかっていない。沈没船ではなく遺物	が投棄された場所か？</p>
<p><font size="4">2.Uluburun</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/ub_main.htm"><font size="3">ウルブルン　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>	年代　		１３００ＢＣ<br />
	　　水深　		４１－６１ｍ<br />
	　　発掘　		１９８４－１９９４　<br />
	　　潜水時間　	２２５００時間<br />
	　　船体		長さ１５ｍ</p>
<p>	世界最古の確認され発掘された沈没船である。エジプトからの財宝や貴重	な遺物が数多く発見され、当時の交易の広さを再確認する結果となった。	船体も確認され外板主体構造の発達を見ることも出来た。</p>
<p><font size="4">3. Cape Gelidonya</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/capegelidonya.htm<br />
"><font size="3">ケープ　ゲラドニヤ　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>	年代		１２００ＢＣ<br />
	　　水深		２６－２８ｍ<br />
	　　発掘		１９６０年<br />
	　　発掘費用	＄１８０００</p>
<p>ジョージ・バス先生最初の水中発掘。銅のインゴットなどが確認されたが、船体はほとんど残っていなかった。</p>
<p></p>
<div align="center"><font size="6">古代ギリシャの沈没船</font></div>
<p></p>
<p><font size="4">4.  Pabuc Burnu</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/pabucburnu/"><font size="3">パブチ　ブルヌ　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>	年代		６世紀ＢＣ<br />
	　　水深		４２－４５ｍ<br />
	　　発掘		２００２－２００３<br />
	　　アンフォラ	約２００個<br />
	　　船体		長さ２０ｍ</p>
<p>	ギリシャ古典時代の船であり、縄を使い外板を繋ぎ合わせていることが確	認された。この作り方はこれまでエトラスカン（古代ローマ）特有の技法	だと考えられていたが、この発見により実はギリシャ人がこの技法を用い	ていたことが分かった。</p>
<p><font size="4">5. Tektas</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/tektasburnu/"><font size="3">テクタシュ　ブルヌ　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>	年代		４４０－４２５ＢＣ<br />
	　　水深		３８－４５ｍ<br />
	　　発見		１９９６年　ＩＮＡサーヴェイ<br />
	　　発掘		１９９９－２００１<br />
	　　ダイブ数	５０４６<br />
	　　アンフォラ	２１３個</p>
<p>アテネが制海権を握っていた、もしくはペロポネソス戦争時代の船。船に取り付けた大理石の“目”などが発見されたことで有名となった。この遺跡の水中実測にフォトモデラーが使われ、３次元のサイトマップが作られた。</p>
<p><font size="4">6.  Kyrenia</font>　　</p>
<p>	年代		３２５-３１５ＢＣ　（沈没　２９５-２８５ＢＣ）<br />
	　　水深		２７－３０ｍ<br />
	　　発掘		１９６８－１９６９<br />
	　　船体		長さ１４ｍ　幅４．２ｍ</p>
<p>ウルブルンに次ぐ有名な船。保存状態が良く、復元船が作られ日本にも入港した。ほぞを利用した外板同士を組み合わせる方法で作られた典型的な外板先行構造の船。</p>
<p><font size="4">7.La Secca di Capistello</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/lipari/lipari.htm"><font size="3">カピステロ　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　　<br />
	年代		３世紀ＢＣ<br />
	　　水深		５９－８０ｍ<br />
	　　発掘		１９７６－１９７７<br />
	　　１ダイブ　	５．５時間<br />
	　　潜水時間	合計　１５７時間</p>
<p>	イタリア沖で発見された船で、飽和潜水による発掘が行われた。当時とし	ては一番深い水深で発掘された遺跡であったが、コストや安全面などの問	題があったためあまり使われなくなった。</p>
<p><font size="4">8.Serce Limani</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/SLhell/SLhellenistic.htm"><font size="3">セルチリマナ（ヘレニズム時代）イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
沈没		２８０－２７５ＢＣ<br />
	　　水深		３５－３７ｍ<br />
	　　発掘		１９７９－１９８０<br />
	　　アンフォラ	役１０００個<br />
	　　船体		１８ｍ</p>
<p>この船はヘレニズム時代のもの。水底でのがけ崩れの土砂に埋もれていた。　岩を動かすとがけ崩れを再発させる可能性があるため貴重な遺物も	まだ水底面に残されたまま発掘は打ち切られた。</p>
<p></p>
<div align="center"><font size="6">ローマ・ビザンツ時代</font></div>
<p></p>
<p><font size="4">9.Kinneret Boat</font>　　　</p>
<p>	年代		１世紀ＢＣ－ＡＤ<br />
	　　発掘		１９８６<br />
	　　調査		イスラエル考古学本部<br />
	　　船体		８ｍ</p>
<p>イスラエルを襲った干ばつの際にガリラヤ湖で発見された小さな釣り船。修復の跡や船材の再利用が確認され、長期間使われていたことが分かった。</p>
<p><font size="4">10.Yassiada７世紀</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/yassiada7.htm"><font size="3">ヤシアダ　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		ＡＤ６２５以降<br />
	　　発掘		１９６１－１９６４<br />
	　　水深		３２－３９ｍ<br />
	　　船体		長さ２１ｍ<br />
	　　ダイブ数	合計３５３３</p>
<p>	ヤシアダの名前はまた後でも出てきます…　さて、この沈没船は外板主体構造からフレーム主体構造への過渡期にあると考えられています。船の底部は外板を組み合わせてからフレームを入れてますが、船の上部はフレームを先に立ち上げている可能性があります。</p>
<p><font size="4">11.Tantura Lagoon</font>　　　<a href="http://www.vizin.org/projects/master.htm#tantura/html/tantura.htm"><font size="3">タントュラ　ラグーン　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		ＡＤ４-１０世紀、１８世紀<br />
	　　発掘		１９９４－１９９６<br />
	　　場所		イスラエル　Ｄｏｒ遺跡の港跡<br />
	　　沈没船の数	７隻</p>
<p>	　　シルト層が厚く堆積していたため、無数の船が時代を超えて保存されてい	ます。９世紀の船はフレーム主体構造で作られており、外板主体構造から	完全にフレーム主体構造へと発達した最初の船の証拠です。</p>
<p><font size="4">12.Bozburun</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/bozburun.htm"><font size="3">ボズブルン　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		８８０年ごろ沈没<br />
	　　水深		３０－３５ｍ<br />
	　　発掘		１９９５－１９９８<br />
	　　積荷		１２００－１５００個のアンフォラ<br />
	　　船体		長さ１５ｍ　幅５ｍ</p>
<p>船は外板主体構造からフレーム主体構造への過渡期であると考えられており、船が何かのプランに沿って作られた可能性があるそうです。アンフォラの作りが全体的に悪く、また形もまちまちでした。アンフォラをリサイクルしているのでしょう。いわゆるヨーロッパの中世のこの時期は経済的にアラブから圧迫を感じていた時期でした。</p>
<p><font size="4">13.Serce Limani</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/SerceLimani.htm"><font size="3">セルチリマナ（１１世紀）イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		１０２５年ごろ<br />
	　　水深		３３ｍ<br />
	　　発掘		１９７７-１９７９年<br />
	　　ガラス容器	１０－２０，０００個<br />
	　　船体		長さ１５．６ｍ</p>
<p>ウルブルンにつぎ、一番有名な沈没船ではないでしょうか？積荷のメインはリサイクルに使われるガラスの破片です。チェスやバックギャモンのピースも発見されています。Ｔａｎｔｕｒａ発見以前までは最初のフレーム主体構造で作られた船だと言われてました。</p>
<p><font size="4">14.Camalti Burnu</font>　　　</p>
<p>年代		１３世紀<br />
	　　水深		２２－３５ｍ<br />
	　　発掘		１９９８-２００４年<br />
	　　積荷		アンフォラ８００個と３７個の錨<br />
	　　船体		長さ２５ｍ、幅５－６ｍ</p>
<p>この時代になるとアンフォラはほとんど使われなくなります、古代から続いていた歴史が変わっていきます。発見された持ち物などから修道院のメンバーが乗っていたのではないかと言われています。３７個の錨は一体なぜ必要だったのでしょう？積荷の一部でしょうか？</p>
<p><font size="4">15.Black Sea Shipwrecks</font>　　</p>
<p>	年代		５-６世紀<br />
	　　水深		３２０ｍ<br />
	　　発掘		水中ロボットにより一部発掘<br />
	　　船体		長さ１３ｍ<br />
	　</p>
<p>黒海はその昔、湖でした。しかし、海水が流れ込み環境が大きく変わってしまいました。この時、海水と淡水は混ざり合わず、海水の下の無酸素状態の淡水層が出来ました。この無酸素の状態では有機物の保存が驚くべき良かったのです。ただし、無酸素層は２００ｍ以下。スキューバではなかなか潜れないため、バラード博士が水中ロボットを駆使し、発掘を行っています。</p>
<p></p>
<div align="center"><font size="6">中世の沈没船</font></div>
<p></p>
<p><font size="4">16.新安沈没船</font>　</p>
<p>	年代		１３２３年<br />
	　　水深		２０ｍ<br />
	　　銅銭		７，０００，０００枚<br />
	　　船体		長さ２８．４ｍ　幅６．６ｍ</p>
<p>なぜ新安沈没船がＩＮＡと関係あるのか？ＩＮＡからＤｏｎ　Ｋｉｅｔｈが韓国に派遣され、調査をしました。この沈没船については改めて解説することもないでしょう。南部中国から出発した船で博多に向かう途中でした。日本は中国から大量の銅銭を輸入していました。</p>
<p><font size="4">17.Almere</font>　</p>
<p>	年代		１４２２-１４３３年<br />
	　　発掘		１９８６年<br />
	　　積荷		不明<br />
	　　船体		長さ１６．４ｍ　幅４．２ｍ　３０トン</p>
<p>中世北欧のハンザ同盟を世界最初の多国籍経済同盟として成功させた理由にはコグ船の唐最良と安定性の効率の良さの影響があります。さて、こ	の船は水中ではなく畑の真ん中から発見されました。カルゴなどはすべて	なく、昔、浅瀬だったところに破棄された船だったのでしょう。</p>
<p><font size="4">18. Ko Si Chang</font>　</p>
<p>	年代		１６００年ごろ<br />
	　　水深		３２ｍ<br />
	　　発掘		１９８３、１９８５年<br />
	　　船体		長さ２０ｍ</p>
<p>タイで発見された沈没船です。オーストラリアのＪｅｒｅｎｙ　Ｇｒｅｅｎ博士が発掘を担当しました。Ｋｏ　Ｓｉ　Ｃｈａｎｇの他にもＰａｔａｙｙａ、Ｋｏ　Ｋｒａｄａｔ沈没船なども発掘しました。中国からの影響を受けているもの、中国から移民した人が作った、東南アジアの影響を受けた船などいろいろあります。船の考古学の専門家にとっては面白い発掘がタイにはたくさんあります。</p>
<p><font size="4">19.Yassiada</font>　</p>
<p>	年代		１６-１７世紀<br />
	　　水深		３９－４３ｍ<br />
	　　発掘		１９６７、１９８２-１９８３年<br />
	　　船体		長さ２０ｍ、幅７ｍ</p>
<p>ヤシアダとはトルコ語で“平たい島”という意味です。周りが深い海なのですが、ここだけぽつんと浅瀬になっており、夜に航海をしていると浅瀬に気がつかず沈んでしまう運命にあります。そのため、この遺跡では時代	の違う船が重なり合って発見されました。この沈没船はオスマントルコの	軍艦ではないかと言われています。</p>
<p></p>
<div align="center"><font size="6">１７世紀の難破船</font></div>
<p></p>
<p><font size="4">20. Zuiderse</font>　</p>
<p>	年代		１７世紀後半<br />
	　　発見		１９６２<br />
	　　発掘		１９８９<br />
	　　船体		長さ　１６．５　ｍ</p>
<p>この船はオランダのとある畑のど真ん中から発見されました。１７世紀には海岸だったのが埋まったそうです。カルゴなどはほとんどなかったのですが、頑丈に作られた商船です。この時期になると、現代作られている“伝統的”な船との対比が出来ます。これ以前では船の作り方などが違っており、直接に関連付けることが難しいです。</p>
<p><font size="4">21.Pepper Wreck</font>　　　<a href="http://nautarch.tamu.edu/shiplab/projects%20pw%20index%201.htm"><font size="3">ペッパーレック　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		１６０６年　９月１４日　沈没<br />
	　　水深		１０　ｍ<br />
	　　発掘		１９９６－２００１<br />
	　　積荷		胡椒、陶磁器など<br />
	　　船体		長さ　４０ｍ</p>
<p>ポルトガルの船でインドまで航海をし、あと少しでリスボンに着く前に大量の胡椒を積んだまま沈没してしまいました。胡椒の他にもアジアの陶磁器が積まれていました。いわゆる南蛮船で、実は日本人も乗っていました。彼はミゲルと改名しており、日本刀の一部なども発掘されました。ミゲルは救助され、後に中国に移住したことがわかっています。</p>
<p><font size="4">22. Monte Cristi</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/montecristi.htm"><font size="3">モンテ　クリスティ　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		１６５８－１６６５<br />
	　　水深		４．４　ｍ<br />
	　　発掘		１９９１-現在<br />
	　　積荷		５００，０００個ほどのタバコのパイプ</p>
<p>ドミニカ協和国では幾つかプロジェクトが行われています。発見されたパイプはオランダで作られたものですが、ヨーロッパ人用の物だけではなく、アメリカ・インディアンが好むデザインのものもありました。当時の貿易のメカニズムを知る上で重要な資料として研究が進められています。</p>
<p><font size="4">23. La Belle</font>　　　<a href="http://www.thc.state.tx.us/belle/<br />
"><font size="3">ベル号　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		建造　１６８４年　沈没　１６８６年<br />
	　　水深		３．４　ｍ<br />
	　　発掘		１９９６-１９９７年<br />
	　　船体		長さ　１６．５ｍ　幅　４．６ｍ</p>
<p>フランスの冒険家Ｌａ　Ｓａｌｌｅの船でテキサス沖で沈没しました。新しい領土への探検は失敗に終わっていますが、Ｌａ　Ｓａｌｌｅはフランス、アメリカの歴史上、有名な人物として知られています。水深が浅かったため、ドライドック方式で発掘されました。発掘は終わりましたが、現在でもテキサスＡ＆Ｍの保存処理ラボで遺物の保存・研究が行われています。</p>
<p><font size="4">24. Port Royal</font>　　　<a href="http://nautarch.tamu.edu/portroyal"><font size="3">ポートロイヤル　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		１６９２年　６月７日　１１：４３分　<br />
	　　面積		１３ヘクタール<br />
	　　発掘		１９８１－１９９０<br />
	　　水深		２．７　ｍ</p>
<p>ジャマイカの港、ポート・ロイヤルは映画「パイレーツ　オブ　カリビアン」にも登場した有名な海賊の港でした。１６９２年の地震と津波により島の人口７－８０００人のうち５０００人ほどが亡くなったと言われています。建物の構造、道の作りなど当時のまま発見されました。また、沈没船も何隻か見つかっています。</p>
<p><font size="4">25. Mombasa Wreck</font>　　　<a href="http://www.diveturkey.com/inaturkey/mombasa.htm"><font size="3">モンバサ沈没船　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>　<br />
年代		１６８１年建造　　１６９７年沈没<br />
	　　水深		１８ｍ<br />
	　　発掘		１９７７－１９８０<br />
	　　船体		竜骨　３０ｍ</p>
<p>この船はポルトガルの占領下にあったインドのゴアで作られました。ポルトガルがインド洋の制海権を失いつつあった時代に作られ、ケニアのJesus砦の前で撃沈させられてしまいました。ケニアとINAの協力の下、船の一部が発掘されました。インドの職人とポルトガルの船大工の技術の融合を調べるため、最近新たに研究が進められています。</p>
<p></p>
<div align="center"><font size="6">１８世紀の難破船</font></div>
<p></p>
<p><font size="4">26.Great Basses Reef</font></p>
<p>年代		１８世紀<br />
	　　場所		スリランカ<br />
	　　調査		１９９３年</p>
<p>地中海に比べインド洋の沈没船の調査はあまり知られていません。スリランカの南に位置する紺の遺跡もあまりメジャーではないでしょう。しかし、この地域には無数の沈没船が存在しています。オーストラリア海洋博物館のGreen氏が調査を行い、オランダの船などを発見しています。</p>
<p><font size="4">27.Sadana Island</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/sadana.htm"><font size="3">紅海サダナ島　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>年代		１７６５年<br />
	　　水深		３０ｍ<br />
	　　発掘		１９９５－１９９８<br />
	　　船体		長さ５０ｍ	幅１８ｍ	９００トン</p>
<p>紅海にも無数の沈没船があることでしょう。その中の一つがこの遺跡です。オスマン帝国が力を振るっていた時代です。発掘された船には中国製の陶磁器などが積まれていました。また、壷などの中身や遺跡から花粉なども検出され調査されました。</p>
<p><font size="4">28.The Plantation Vessel</font></p>
<p>年代		１７８０－１８１０年<br />
	　　発掘		１９９２年<br />
	　　船体		長さ１３．４ｍ　　幅　５．１ｍ</p>
<p>ジョージア州で発掘された貨物船です。国家プロジェクトで川の流れを変えた後、泥の中から発見されました。積荷や遺物などはほとんどなく、捨てられた船だったのでしょう。１日に平均４匹のワニが遺跡の近くを訪れたそうです。</p>
<p><font size="4">29. Privateer Defence</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/defence/defence.htm"><font size="3">ディフェンス号　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>年代		１７７９年製造および沈没<br />
	　　発掘		１９７５年―１９８１年<br />
	　　船		大砲の数　１６　船員　１００人</p>
<p>アメリカ独立戦争時の船です。イギリス軍に追い詰められた船長が船の爆破を命じた。発掘の結果、予想以上の遺物の種類と数が発見され、爆破の命令が下された後、数分で船から船員をすべて移動させたと伺える。貴重品などを含めさまざまな遺物が残されたまま沈んだ。</p>
<p><font size="4">30.The Betsy</font></p>
<p>年代		１７７２年製造　　１７８１年沈没<br />
	　　水深		７ｍ<br />
	　　発掘		１９８２－１９８８年<br />
	　　船体		長さ　２３ｍ　　１７６トン</p>
<p>アメリカ独立戦争のヨークタウンの戦いの際に沈没した船のうちの一つ。視界が悪かったため、回りを囲み、水をフィルターを通して発掘を行った。ドライドックにしなかった理由は遺物の乾燥を防ぐためとこのほうが安上がりであるため。また、沈没船遺跡から花粉などを本格的・体系的に調査した最初の例でもある。</p>
<p><font size="4">31.The Ten Sail</font></p>
<p>年代		１７９４年　２月８日<br />
	　　船		HMS　Convert　他９隻<br />
	　　場所		ケイマン・アイランド</p>
<p>ダイビングの名所、ケイマン・アイランドで歴史的にもっとも有名な沈没船は個の１０隻でしょう。１９８０年代から調査の計画があり、９０年代に本格的な調査がおこなわれました。１９９４年にはエリザベス女王も遺跡を訪れました。</p>
<p></p>
<div align="center"><font size="6">近・現代の発掘された船</font></div>
<p></p>
<p><font size="4">32.Cleopatra’s Barge</font></p>
<p>年代		１８１６年製造　　１８２４年４月６日沈没<br />
	　　船名		Ha’aheo o Hawai’i<br />
	　　発掘		１９９５－２０００<br />
	　　船体		３０．５ｍ</p>
<p>マサチューセッツで大金持ちの船大工が製造。豪華絢爛に作られたヨットでした。その後、ハワイのカメハメハ２世が購入。ハワイ到着後沈没。しかし、カメハメハ２世はイギリスにいたが、船の沈没のニュースを聞く前に病死してしまった。</p>
<p><font size="4">33.A Horse Powered Ferry</font></p>
<p>年代		１８２０－４０年製造<br />
	　　水深		１５ｍ<br />
	　　船		船員　２－４人、馬２匹<br />
	　　船体		長さ　１８ｍ　幅　４．６ｍ</p>
<p>１９世紀初期のトレンディーな発明は“馬”をエンジンとして利用することであった。いろいろな思考錯誤があったようです。馬をぐるぐる歩かせる方法は馬が船酔いをするため失敗など。結局は、この発掘された船の方法（馬を固定させ、ベルトの上を歩かせ、そのベルトが軸と歯車で外輪を回す）が一番効率が良かったが、蒸気エンジンがすぐに一般的となり、水の上を歩く馬は、一部の人以外には忘れられた存在となった。</p>
<p><font size="4">34.Red River Wreck</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/redriver/index.html"><font size="3">レッドリバー　イメージ</font></a></body></p>
<p>年代		１８３８年　５月　沈没<br />
	　　発掘		２００１年から２００６年現在進行中<br />
	　　船		１６０トン　　船員　　２０人<br />
	　　船体		長さ　４２．７ｍ　幅　７．３ｍ</p>
<p>オクラホマ州唯一の調査された沈没船で、テキサスとの州境を流れるRed　Riverで沈没。透明度がほとんど０、そして川の流れが速い中、発掘を行っている。外輪ボイラーエンジンを搭載していた。豚のドラム缶詰めなども発掘された。</p>
<p><font size="4">35.The Denbigh</font>　　　</p>
<p>年代		１８６５年　５月に撃沈<br />
	　　発掘		１９９８－２００２<br />
	　　船		カルゴ　コットン　　船員　　２１人<br />
	　　船体		長さ　５５．５ｍ　　幅　６．７ｍ</p>
<p>アメリカ南北戦争時にアメリカとヨーロッパの間で密輸を行っていた船です。イギリスのエンバルゴは効果的でしたが、デンビーは１３往復もしたそうです。これは当時としてはかなりの記録です。サイドスキャンソナーで調査をしたそうですが、珍しく初日に発見したそうです。あまりにも簡単に発見できたので逆に興奮も冷めてしまったとか。</p>
<p><font size="4">36.The Lake Champlain Wrecks</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/LChamplain.htm"><font size="3">シャンプレン湖　イメージ</font></a></body></p>
<p>年代		１８-１９世紀<br />
	　　水深		１２２ｍ以下<br />
	　　湖の長さ	１０３ｋｍ<br />
	　　船の数		２５０隻作られました</p>
<p>Ｌａｋｅ　Ｃｈａｍｐｌａｉｎは日本人にとっては馴染みのない地名でしょう。この湖（川？）は南北に細長くカナダとアメリカを結ぶため、戦略的に重要な意味を持っていました。独立戦争、そして特に１８１３年のアメリカとイギリスの戦争のときに重要な戦いの舞台となり、数々の軍艦が沈み、そして、発掘されています。</p>
<p><font size="4">37.The Titanic</font></p>
<p>年代		１９１２年４月１２日沈没<br />
	　　水深		３７９８ｍ<br />
	　　船員		２２０７人　(内生存者　７０５人)<br />
	　　船体		長さ２６９ｍ</p>
<p>言わずと知れたタイタニック号です。バラード博士とフランスが合同調査を行い、発見しました。バス先生も潜水艦に乗ってタイタニックを見てきました(その時取った８ミリビデオなどを見せてもらいました)。どうでもいい話ですが、タイタニック号のそばで潜水艦の中で結婚式を挙げた人もいるとか…また、この船の石炭を買うことが出来ます。バラード博士は研究目的のためのみにタイタニックが使われることを願っていましたが、残念ながら有名になり、コマーシャリズムにのっとられたた例となってしまいました。</p>
<p><font size="4">38.Truk Lagoon</font></p>
<p>船名		札幌丸<br />
	　　年代		１９４４年４月沈没<br />
	　　用途		底引き網漁船から軍事輸送船に転換<br />
	　　トン数		３６１トン</p>
<p>トラック諸島には無数の旧日本軍の沈没船が眠っています。この中の一つ、札幌丸がグリーン博士によって調査されました。サイドスキャンによるサーヴェイ、そして撮影などが行われました。</p>
<p><font size="4">39.D-Day Craft</font>　　　<a href="http://ina.tamu.edu/neptune.htm"><font size="3">ノルマンディー　イメージ</font></a></body>
</p>
<p>年代		６月６日　１９４４<br />
	　　船の数		５５００隻<br />
	　　装甲車の数	３０，０００台<br />
	　　戦車の数	１２８台</p>
<p>６月６日、１９４４年はヨーロッパの歴史にとっては大きな意味を持って	います。ノルマンディー上陸作戦、ことＤ－Ｄａｙです。この船上跡地に	も水中考古学のメスが入ります。主に、サーヴェイが行われました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>Maritime Cultural Landscape の提唱</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Apr 2006 20:35:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Jun Kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[論文・トピック]]></category>

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		<description><![CDATA[考古学において過去の文化的景観（cultural landscape)の復元は大変重要視されています。考古学における文化的景観とは、遺跡や遺物を単純に「物」として観察するのではなく、その背後に横たわる環境や景観を含めて分 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>考古学において過去の文化的景観（cultural landscape)の復元は大変重要視されています。考古学における文化的景観とは、遺跡や遺物を単純に「物」として観察するのではなく、その背後に横たわる環境や景観を含めて分析しようとしたところにはじまると考えられます。これはイギリスにおいては20世紀はじめにAnthropo-geograohersと呼ばれる研究者によって、自然環境と遺跡立地の相関関係を明らかにするために地理学的手法を用いたことが基礎となっています。近年では国連ユネスコが自然景観と同様に文化的景観についても、その重要性を明らかにしたうえで、その保護を義務付けています。ユネスコでは文化的景観を構成する3要素を定義しています：1) Clearly defined landscapes; 2) Originally evolved landscapes 3) associative cultural landscapes。しかしながら、今日landscape archaeologyの分野を専門とする研究者は、文化的景観の定義とは別に、文化的景観が特にどのように人間活動に関わったのかという研究を重要視しているようです。</p>
<p>1994年、学術誌International Journal of Nautical Archaeologyに「The maritime cultural landscape」のタイトルで一つの論文が発表されました。 論文の著者であるデンマークの考古学者Westerdahlは、沈没船に限らず海辺に遺存する文化財、例えば漁場、港、造船所、灯台などを、一つの文化景観として取り扱うことを提唱しています。この文化景観には概念上の文化痕跡である古代船舶の航行ルート、港や船舶往来に障害となる自然地形に関する名称の意味となども研究の対象として含まれているとされます。厳密にはmaritime cultural landscapeの研究概念の全てが、水中考古学研究に適用されるとは限らないとされています。欧米では、maritime cultural landscape海辺文化景観は地域の文化財保護担当者によって、徐々に研究が進められています。沈没船が調査対象となる際に歴史的背景や地域研究を基本的なアプローチとすることは当然ですが、個々の海辺文化財とそれらから構成される文化景観が歴史的にどのような意味を持つのかを明らかにするとことは大切であると考えられます。</p>
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		<item>
		<title>おかげさまで１年！</title>
		<link>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/future/20060401364.html</link>
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		<pubDate>Sat, 01 Apr 2006 03:28:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[水中考古学のすすめ]]></category>

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		<description><![CDATA[みなさまの好評？に支えられながら早いものでこのサイトが新しく生まれ変わってから１年が過ぎました。当初の予定よりも記事のアップデートが少ないような気がしますが、ニュースのアップデート、トリビアなど充実した]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさまの好評？に支えられながら早いものでこのサイトが新しく生まれ変わってから１年が過ぎました。当初の予定よりも記事のアップデートが少ないような気がしますが、ニュースのアップデート、トリビアなど充実した内容を提供できました。掲示板もいろいろな方が書き込んでいただき感謝しています。１ヶ月平均６０００人ほどサイトを見に来ていただいています。今後もますます水中考古学に興味のある人が増えることを期待しています。</p>
<p><span id="more-364"></span></p>
<p>日本国内でも水中考古学の重要性が理解されつつあるように思えますが、まだまだやるべき課題が残されています。水中考古学という言葉は一般にも普及しているようですが、考古学者でさえ実際に何をしているのかわからないといわれるほど理解されていないようです。また、水中考古学は大変だとかお金がかかるとか言われます。しかし、実際にそれほどお金がかかるわけでもなく、また、これといって特別に訓練を必要とするわけでもありません。文化遺産に興味があればあとは特に必要なものはありません。また、沈没船などはタイムカプセルのようなもので、遺物から得られる情報は地上の発掘に比べ別質であり、考古学的価値が高いものが多いです。特に交易に興味があれば地上の発掘は木の葉を発掘しているようなもので船は木の幹を発掘しているようなものです。</p>
<p>この１年間で世界各国で様々な水中考古学の発見がありました。特に、今まであまり水中考古学調査を積極的に行っていなかった国々が本腰をいれてこの学問の発達に乗り出しています。インド、イラン、パナマなど話題になっていますが、特に中国を筆頭に挙げることができます。中国の水中考古学者がケニアの国家水中考古学団体と協力をして、アフリカの鄭和の船を調査するなどこれから期待できるプロジェクトがあります。これからますます水中考古学が発展していくことでしょう。</p>
<p>これにくらべ日本国内ではこれといって話題になることが少ないようです。あまり出来は良くありませんでしたが、鷹島海底遺跡のテレビドキュメンタリーなども世界で放映されました。この元寇の舞台となった遺跡は世界的に有名な日本の水中考古学の成果ともいえますが、日本国内ではあまり宣伝されていないようです。日本でもっと水中考古学を宣伝していくことが第一歩だと思います。</p>
<p>今後このサイトでは特にこれらの問題を中心に取り上げていきたいと思います。</p>
<p>１．一般に水中考古学の重要性を理解してもらい、世界各国に比べ日本国内でこの学問が遅れていることを明確に示す。</p>
<p>２．海洋学など関連のある研究者にも水中考古学の必要性を広める</p>
<p>３．サーヴェイ、保存処理など“発掘”以外のプロジェクトの重要性を考古学者に理解してもらう</p>
<p>４．一般から得られる情報、例えばスポーツダイバー、漁業関係者、など沈没船の情報を持っているグループに積極的にアプローチする</p>
<p>５．日本の水中考古学団体（ＡＲＩＵＡ）と他の国の水中考古学団体との提携を強める</p>
<p>６．日本の学生に水中考古学の重要性を説き、また、留学などのサポートを行う</p>
<p>７．日本国内で水中考古学に興味のある人、グループなどの連携を強める</p>
<p>今後も水中考古学の発展に協力をお願いいたします。また、このサイトに興味を持っていただき感謝しています。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>2005年を振り返り・・・</title>
		<link>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/future/20051227291.html</link>
		<comments>http://www.nauticalarchaeologyjp.com/article/future/20051227291.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 27 Dec 2005 14:02:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[水中考古学のすすめ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nauticalarchaeologyjp.com/1/20051227291.html</guid>
		<description><![CDATA[２００５年ももうすぐ終わりです。 そこで、今年の水中考古学のNewsや２００６年の動向などのエッセイをどうぞ。 今年の水中考古学はAIA（アメリカ考古学学会）で幕を開けました。今年のテーマはズバリ水中考古学！我々水中考古 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２００５年ももうすぐ終わりです。<br />
そこで、今年の水中考古学のNewsや２００６年の動向などのエッセイをどうぞ。</p>
<p><span id="more-291"></span></p>
<p>今年の水中考古学はAIA（アメリカ考古学学会）で幕を開けました。今年のテーマはズバリ水中考古学！我々水中考古学者にとってこれだけアメリカの考古学は水中考古学を重要視していたのかと喜ばしい限りでした。簡単に言えば、日本考古学学会がメインテーマを水中考古学で行うようなものですね。もちろん私も参加しました。世界の水中考古学者が発表をきていました。</p>
<p>今年はこれといって大発見はなかったもののいろいろな発見がありました。とくに９月から１０月はさまざまな速報がありました。韓国から世界最古の丸木舟からタイタニック号の新しい見解までさまざまありました。インドの神殿発掘や中国の発掘計画などもアジアのビックニュースです。しかしながら、以前として東南アジアではとレジャーハンターの活動が盛んなようです。どちらかといえば地中海/西洋の沈没船もありましたが、それ以外の地域のニュースも多かった気がします。これはとても良いトレンドだと思います。サーヴェイなどに使える新しい技術も開発されて、AUV（自立型ロボット）などが水中考古学でも使われ始めたことも紹介しておきましょう。また、”水中”考古学ではないですが、ポリネシアなどからのニュースも豊富にありました。最後にトレジャーハンティングミュージアムがニューオリンズで作られましたが、オープン予定日にハリケーンという天罰が下されたことにはなかなか面白いと思いました。</p>
<p>さて、日本の水中考古学はどうでしょうか？イ号潜水艦などのドキュメンタリーや鷹島海底遺跡がディスカバリーチャンネルで放送されたようですが、あまり影響力はなかったはずでしょう。実際に関わっていたので複雑な気分ですが、もう少しまともな番組にして欲しかったですね、はっきりいって。海外向けの娯楽ドキュメンタリーを日本で放送することの意義を疑いました。戦艦大和もフランスのチームなどが番組を作りました。最近は戦争の遺産に対しても多少なりとも興味が出てきたのでしょうか？</p>
<p>鷹島海底遺跡はサーヴェイなどを取り組み今後に期待していますが、組織の変更があったので吉とでるか凶とでるかしばらく見守っていきましょう。ほかにも五島列島の調査などもありました。二ール号は発見されたようですね。いろは丸はどうなってしまったのでしょうか？その他、熱海の海底遺跡？は下火のようです。</p>
<p>そんななか、明るいニュースもあります。日本で唯一、学術的でありまた一般参加も歓迎するKOSUWA（九州沖縄水中考古学協会）が新しくARIUA（アジア水中考古学研究所）として発足しました。そして、私も九州国立博物館での講演なども行い、積極的に活動を続けております。来年は新しくARIUAから出版されたジャーナルに記事を書いたり、学会や講演会なども参加していきます。</p>
<p>２００６年はどのような年になるのでしょうか？そろそろ日本でも水中考古学がメジャーになるような発見があっても良いかもしれません。いや、２００７年になるのでしょうか？UNESCO主体の水中文化遺産保護法も気になりますし、中国の水中考古学からも目が離せません。Nanhai１号の引き上げ、また、ケニアで噂されている鄭和の船団の一部などなど。私は２００６年は静かに過ごす予定です…論文などいろいろなアイディアをまとめ、新しいプロジェクトを立ち上げようかな？まだ秘密にしておきましょう。タイタニックのバラード博士の調査にも参加しようかなとか考えています。</p>
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		<title>ジョージ・バス教授から日本の皆さんへ</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Dec 2005 13:16:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Randall Sasaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[水中考古学のすすめ]]></category>

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		<description><![CDATA[Beneath the Seven Seas: Adventures With The Institute of Nautical Archaeology Thames &#038; Hudson （2005-11） ハ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0500051364/celebranking-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://images.amazon.com/images/P/0500051364.01._SCMZZZZZZZ_.jpg" width="128" height="160" alt="Beneath the Seven Seas: Adventures With The Institute of Nautical Archaeology" border="0" class="bookleft" align="left" /></a><br />
<span class="book_title">Beneath the Seven Seas: Adventures With The Institute of Nautical Archaeology</span><br />
Thames &#038; Hudson （2005-11）<br />
ハードカバー （ASIN: 0500051364）</p>
<p><b>価格：</b> <b class="price">￥ 4,216 (税込)</b><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0500051364/celebranking-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazon.co.jp で商品情報を見る</a>
</div>
<p>（ジョージ・バス教授から新しい本についての紹介です。日本語訳ももちろんあります）</p>
<p>When I first conceived the idea of editing Beneath the Seven Seas: Adventures with the Institute of Nautical Archaeology, I had in mind a well-illustrated book that would give the average reader the results of shipwreck excavations conducted by the Institute (INA)&#8230;.</p>
<p><span id="more-266"></span></p>
<p>At that time, for example, I was publishing a book of more than 550 pages on just one shipwreck I had excavated, the first of three planned volumes of the same size. Few people other than a few Byzantine scholars will even look at those large and expensive volumes, but new knowledge of the past gained by the excavation, I thought, could be summarized in just a few pages for the enjoyment and education of both scholars and lay people.</p>
<p>To give readers of Beneath the Seven Seas the vicarious pleasure of being present during each project, I asked the twenty-six other authors to write in the first person, and to describe camp life, diving, and the necessary years of conservation and library research that follow the excavations. When possible, I tried to include pictures of authors in their chapters so that readers could better identify with them.</p>
<p>After I proposed the book to Thames and Hudson, the publisher, I was told that the title was not suitable, for INA did not truly work around the world&#8211;\&#8221;beneath the Seven Seas.\&#8221; Colleagues came to my rescue. Jeremy Green is Head of the Department of Maritime Archaeology at the Western Australian Maritime Museum, but he began his career as an underwater archaeologist with me in Turkey, and has worked on INA projects from Kenya to Turkey. For that reason, he has for years been listed as an INA Research Associate. For the book he volunteered to write about his projects in Thailand, Sri Lanka, and Micronesia. Paul Johnston, Curator of Maritime History at the Smithsonian Institution\&#8217;s National Museum of American History in Washington, DC, while he was a student worked on INA excavations from Turkey to the states of Maine and Virginia in the United States, and thus he considers himself part of the \&#8221;INA family.\&#8221; He said he wanted to write about his excavation in Hawaii. Soon there were chapters about projects from the North Atlantic Ocean to the Red Sea, the Black Sea, and the Yellow Sea!</p>
<p>One geographical area I wish I could have included was Japan, with its long history of seafaring. But, unfortunately, the book was planned and near completion before Randall Sasaki\&#8217;s work there on Kublai Khan\&#8217;s fleet, partly supported by INA, was fully developed. Perhaps one day he will edit a new edition of the book, with full descriptions of all the new projects that are supported by the Institute of Nautical Archaeology.</p>
<p>George F. Bass</p>
<p>最初に私がこの本（Ｂｅｎｅａｔｈ　ｔｈｅ　Ｓｅｖｅｎ　Ｓｅａｓ；　Ａｄｖｅｎｔｕｒｅｓ　ｗｉｔｈ　ｔｈｅ　Ｉｎｓｔｉｔｕｔｅ　ｏｆ　Ｎａｕｔｉｃａｌ　Ａｒｃｈａｅｏｌｏｇｙ）を編集するアイディアを思いついたとき、イラストなどを中心とした一般向けの本で読者にＩＮＡの研究の結果を知ってもらうことであった。ちょうどそのころ５５０ページにもなる一つの沈没船の発掘調査の報告書（３冊のうちの１冊）を出版するときであった。このビザンツ時代の沈没船の報告書は研究者以外はほとんど読まないであろう。この沈没船から得られた貴重な情報をほんの２－３ページでまとめれば、一般読者にも充分理解できるであろうと考えた。</p>
<p>この本を読者のもとに届けるために２６人の研究者にそれぞれの沈没船について読者に語りかけるつもりで書いてもらうように頼んだ。また、発掘の様子、保存処理、その他の研究などを分かりやすく書き上げるようにも指導した。それぞれの著者の写真などもあるので、読者が親しみを持って読めるように努力してある。</p>
<p>出版社にこの本の出版を依頼した際、タイトルに問題があると言われた。それは、タイトルがＳｅｖｅｎ　Ｓｅａｓ．．．とあるものの、ＩＮＡは世界の海には潜っておらず、内容とタイトルが一致しないとの理由であった。それを知ったとき、世界各地からこの本の出版に協力をしたいと研究者から手助けがあった。Ｊｅｒｅｍｙ　Ｇｒｅｅｎ氏は現在Western Australian Maritime Museumの館長を務めているが、以前、キレニアの発掘などでＩＮＡに関わり、その理由からＩＮＡのリサーチアシスタントとして長年活躍した。Ｇｒｅｅｎ氏にはタイ、スリランカ、マイクロネシアなどでの発掘の様子を書いてもらった。Paul Johnston氏はスミソニアン博物館に所属しており、トルコ、アメリカのメイン州やバージニア州での発掘に参加した。Ｊｏｈｎｓｔｏｎ氏はハワイでの発掘について書いてもらうことになった。彼らは皆、ＩＮＡファミリーの一員としてこの本の出版に協力をしてもらった。このように、世界各地の海、大西洋、紅海、黒海、そして黄海まで含むことが出来た。</p>
<p>一つ気がかりなことは、日本での水中考古学のプロジェクトをこの本に含むことが出来なかったことである。日本の長い海洋文化の歴史を含むことが出来なかったのは残念であり、Ｒａｎｄａｌｌ　Ｓａｓａｋｉ氏が日本でプロジェクトを始める時にはすでに出版が決まっていたのである。このプロジェクトはＩＮＡも協力をしていたが、間に合わなかったのであった。いつの日か、この本の第２版が出版される場合は、彼にもＩＮＡと協力して行うプロジェクトの数々を書いてもらうことになるであろう。</p>
<p>ジョージ・バス</p>
<p>ジョージ・バス先生ありがとう御座います。</p>
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