鷹島海底遺跡体験レポート
長崎県鷹島町は13世紀の元寇(蒙古襲来)の終焉の地として知られている。 ここでは船材などを始め様々な元寇関連の遺物が発掘されており、2004年度の調査ではテキサスA&M大学からも学生が参加した。ジョージ・シュワルツさんが日本の水中考古学発掘の体験レポートを書いてれました。
2004年の7月から8月にかけて日本の長崎県鷹島でクビライ・カーンの水軍が日本で大敗した際の水中遺跡の発掘調査、及び船材の実測調査をするという非常にユニークな機会が与えられました。テキサスA&M大学で水中考古学を研究している私はこの発掘、そして船材の実測が13世紀の東アジアの造船技術を解明するための貴重な手がかりとなるために非常に興味がありました。同じくテキサスA&Mの学生で私の親友である佐々木Randyにプロジェクトに参加してみないかと誘われたのがきっかけでした。最初はただ単にこのような貴重な遺跡調査に関われるとあって嬉しかったが、実際に参加した後には遺物の歴史的価値感とその真価を高く評価するようになった。日本での発掘に参加できたことはとても良い経験であり、またいつか参加してみる予定です。
ジョージ海に飛び込む!
鷹島での生活はとても規則正しいものでした。毎日、九州沖縄水中考古学のメンバーと国富株式会社のプロダイバーのメンバーが朝8時に集合しその日の準備を始めます。それぞれ一日二回(1ダイブ約30-45分)のダイブをこなしました。12人ほどのダイバーがいたため、考古学作業が着々と進んでいきます。最初の2週間はドレッジを使い堆積したシルトを除去し、船材や他の遺物が出土する層まで掘り下げました。1-1.5mほどの砂・シルトを除去したときに船材が現れ、これらの遺物はすべて位置などを記録しました。
ドレッジを使った発掘の様子
この他の作業として、船材の実測も行われました。元寇で使われた船の木材、今までに引き上げられた遺物などは現在、鷹島町の資料館及び埋蔵文化財センターに保管されています。実測は最初にアクリルの透明なシートに1:1で描かれる。その後、細部を追加しながら紙に書かれ、スキャンをしてデータベース保存されます。このデータベースには実測図の他にも特徴や寸法など様々な情報も記録されます。このデータは近い将来元寇の船の再現のための有力な道具として活用されるであることはまちがいありません。
海底面から発掘される船材
ここで林田健三先生(KOSUWA会長)に発掘に参加をさせていただいたことの感謝の念を申し上げたい。彼やKOSUWAのメンバーから様々なことを学びました。言葉の壁はあったものの、日本の水中考古学の技術を多く学ぶことが出来ました。鷹島での生活で日本の文化や研究内容などをほとんど知らないにも関わらず親切に接していただきました。この貴重な遺跡では今まで(そしてこれからも)驚くべき重要な資料を数多く引き上げられています。この情報はクビライ・カーンが1281年に使った船の実態を証明するのに貴重な資料です。この遺跡から中世東アジアの造船技術を学ぶことが出来、これからの水中考古学の発展に大いに貢献していける可能性を秘めています。
現在鷹島で保管されている木材
ジョージからの本文
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素晴らしいことをやりました。尊敬しています!
2006.10.27 7:57 pm chinese boy