2.保存処理の基本

保存処理の基本をここでは紹介します。多少長く、同じことを繰り返し言っているようですが、一番大切なことは発掘に携わるすべての人が保存処理の基礎を学ぶ必要があることだと思います。 また、実際に保存処理を担当する人は必ず保存処理を専門で学んだ人、そしてやる気があり遺物を大切に思う気持ちのある人であるべきです。 発掘の前に必ず遺物の保存処理プランを打ち立て計画性を持って発掘をし、また遺物を記録していきます。 保存処理なくして水中考古学はありえません。

保存処理の基本をここでは紹介します。多少長く、同じことを繰り返し言っているようですが、一番大切なことは発掘に携わるすべての人が保存処理の基礎を学ぶ必要があることだと思います。 また、実際に保存処理を担当する人は必ず保存処理を専門で学んだ人、そしてやる気があり遺物を大切に思う気持ちのある人であるべきです。 発掘の前に必ず遺物の保存処理プランを打ち立て計画性を持って発掘をし、また遺物を記録していきます。 保存処理なくして水中考古学はありえません。

FILE 1 保存処理の基礎

    水中にある考古学遺物を引き上げる際に一番重要なことはまず保存処理をどのように行うかであろう。 保存処理の目的とは考古学遺物をこれから保存される場所(展示ケースの中など)において、現在の状態を維持できるように遺物を処理することである。 発掘にたずさわった関係者すべてもきちんと保存処理を理解する必要がある。 保存にはお金と時間がかかるため、発掘よりも費用が必要となる。 しかし、保存処理なくしては遺物は崩れ、歴史的価値のないものとなってしまう。 遺物を保存できないということは、将来の研究や展示することも出来なくなるのであり、つまり保存処理なくしては発掘をした意味がないことになる。 それ以上に発掘は破壊行為であるため、そこにあったものは二度と戻らない。 水中考古学は保存処理なくしては無価値な学問と言えよう。
   

   水中で発見された遺物は保存状態が良い場合もあるが不安定な状態であることが多い。 水中で砂の中に埋もれていれば地上より保存が良いが、それでも保存処理を迅速に行わない限り無価値の遺物へと変化してしまう。 有機遺物(木、皮、縄、衣類、食物遺物、etc)は、そのまま数時間保存処理なしで乾かすだけで崩れ去り、チリの山に変わってしまうこともある。 鉄やその他の金属などしばらくは崩れずに形をとどめておく場合もあるが、処理なしではやはりボロボロになってしまう。 土器、ガラスや骨などもまた処理なしではやがて考古学的価値のないものに崩れ去っていくのである。

Conservation Ethics

   International Institute for Conservation (IIC) が保存処理の倫理として提示しているものの中から幾つか挙げてみよう。 これらは美術品などの保存のスタンダードとして書かれているが、考古学遺物の保存処理でも適用できる。 これらのスタンダードを提示することで、保存処理の概念もまた理解できよう。

A. Respect for Integrity of Object All Profesional actions of the conservator are governed by unswerving repect for the aesthetic, historic and physical integrity of the object. (訳:保存処理をお行うなう場合は遺物の美術・歴史的価値、そして遺物の現状を保つことを第一に考えるべきである)
   遺物の現状、考古・歴史・美術的価値に関わらず保存処理の目的は現在の状況を安定させることにある (特に金銭的価値は保存処理・考古学とは無関係)。 処理後には遺物の特徴がはっきりと残っていなければならない。

B. Competence and Facilities It is the conservator’s responsibility to undertake the investigation or treatment of an historic or artistic work only within the limits of his professional competence and facilities. (訳:保存処理を行う者は、自分の能力・理解している範囲、そして保存処理施設で出来る範囲のことにとどめる)
   自分で出来ないことはしっかりと認め、専門家にまかせること。 責任をもって保存処理が行えるか、またきちんと保存処理を理解しているかを個人でかんがえること。

C. Principle of Reversibility The Conservator is guided by and endeavors to apply the “principle of Reversibility” in his treatment. He should avoid the use of materials which may become so intractable that their future removal could endanger the physical safety of the objects. He also should avoid the use of techniques, the result of which cannot be undone if that should become desirable. (訳:保存処理を行う者は”処理の還元(元に戻すこと、または再処理)“が出来る処理方法を使うべきである。保存物質・薬品が遺物と結合し、それらを取り除くことが遺物に悪影響を及ぼす保存処理は使用しない。 また、保存処理のやり直しが出来ない処理方法は行うべきではない)
    これは現在の保存方法自体が長期保存可能(100年以上?)であるかまだ理解できないためであり、また、新しくもっと確かな技術がこれから利用されることがあるためである。 保存処理が還元できるのであれば、新しい技術で再処理が可能になる。 果たして水中遺物の保存処理にもこのスタンダードを適応して良いものだろうか? 現在、世界の水中考古学者の間ではこのことについて疑問視されている。 問題となるのは、再処理が可能だと言われている方法がどれほど再処理するために遺物に悪影響を及ぼすのかである。 木材の保存の場合を見てみよう。 再処理が可能でないシリコンは再処理が可能なポリエチレン・グレコール(PEG)に比べ成功率が高く、遺物に与える影響が少ない。(PEGは遺物が変色し、また遺物が変形する可能性が高い)。 これでは最善の技術をもって保存処理に取り組んでいると言えるのだろうか?疑問である。

D. Continued Self-Education It is the responsibility of every conservator to remain abreast of current knowledge in his field and to continue to develop his skills so that he may give the best treatment circumstances permit. (訳:すべての保存処理専門家は現在の最新技術をつねに確かめ、そして能力を最前線に高めておく必要がある)
   つまり一つの保存処理に執着するのでなく、つねに最前線の保存処理を考え、また調べる必要がある。 勉強とリサーチをお怠らないこと。

    水中考古学では保存処理は単なる薬品などで遺物を処理するだけの仕事ではない。 保存処理を行う際、遺物を実際に手にとって見れる唯一の立場にいるのである。 特に崩れやすい遺物を保存する時などはなおさらである。 保存処理とは遺物を修復、記録、そして保管することである。 保存処理を行う者は遺物の現状維持、そしてその遺物の歴史的価値を充分に理解することである。

Tenets of Conservation

    保存処理とは別に修復作業がある。 保存処理とは記録、分析、洗浄、そして保存である。 現状維持が第一目的であり、これから保存される環境で遺物が変化することなく保存できる状態の保つことである。 修復作業とは、壊れている遺物を新しく直したり付け加えることを言う。 保存と修復を行う場合、保存に重点が置かれるべきであり、保存処理なくして修復作業はありえない。 ここでは保存処理についてのみ書かれている。
保存処理を始める前にまず遺物を観察・記録し、どのような保存処理が適切かを判断しなくてはならない。 時には錆自体に重要な記録が残されている可能性もある、そのためにただ錆びているからといってすぐに洗浄する必要はない。 Plederleith and Werner (1971)は “保存処理は能力、技術、や判断力を必要としているのではない。必要なのはであり、けっして急いではならない‘ と言った。
   遺物の記録とデータの管理は保存処理に携わるすべての者がもっとも基本的で重要な作業として認識しなければならない。遺物の現状維持と記録が行われるとき、記録を怠ってはならない。 記録も保存もともに重要である。 保存処理で遺物の現状を維持できるということは遺物それ自体が形として残るということであり、発掘で得られる情報以上に重要である。 実際の遺物を手にとって研究できることと出来ないことでは大きな違いがある。

The Role of Conservation in Marine Archaeology

    水中考古学はほとんど第二次大戦後のスキューバの発展によって始まったと言えよう。 潜水技術の発展により、より深く潜ることが可能になってきている。 Goggin(1964)が水中考古学を“The recovery and interpretation of human and cultural materials of the past from underwater by archaeologists (訳:水面下にある過去の人々の文化遺産・遺物を考古学者が回収しそれを研究すること)”と定義している。考古学とは個々の遺物の関係、時間と空間的分布、そしてその因果関係を学ぶ学問であり、考古学者はかならず一つ一つの遺物と遺物との関係を暦史的流れの中での位置を考え研究している。 考古学とは科学的研究分野であり、サルベージや宝探し(トレジャー・ハンティング)のような遺物の回収を目的としたものとは根本的に原理が異なる。
    水中考古学には次の幾つかに分類される。

1)水面下にあるゴミ捨て場や積荷が投下された場所 

2)もとは地上にあった遺跡、とくに港などが沈んだもの 

3)水面下にあった神聖なる場所、神社など 

4) 沈没船  

   ここでは主に沈没船の保存処理について書いてあるが、ほかの水中遺跡、または地上で発見された遺物にでも応用できる。沈没船はタイムカプセルに例えられることが良くある。 ただし、この例えは遺物中心的な考え方であることを理解してほしい。 沈没船にはそこにあった遺物の記録・カタログ以上に重要なものがある。 例えばその船の上で行われた人々の生活、そして人と者との関係など遺物を研究することを通して学ぶことが出来るのである。
   船が港を離れるとき、船は隔離された生活空間となる。 船の上で一定期間生活するための必要最低限の持ち者が積み込まれる。 船長、船乗り、乗客など様々な人がそこで生活をしそれぞれが必要な物を持ってくる。 積荷やこれらの個人の持ち物から、当時の技術、貿易、武器、生活用品、貴重品を学ぶことが出来る。 これらの情報から当時の生活、身分関係、貿易ルート、社会情勢などを文献資料、他の考古学資料から研究する。 
これらの研究を可能にするにはきちんと計画された調査目的を明確に示した発掘作業が必要になる。 発掘の計画の中にはもちろん保存処理がなくてはならない。 保存処理の計画されていない発掘は貴重な考古学的情報が失われるだけでなんの特にも成らない発掘としか言いようがない。
   水中遺跡から発掘された金属、とくに海水から発掘された場合は地上で発掘された金属製品の保存処理と全くことなる。 金属が海底にあるとCrustation (コンクリーション)と呼ばれる厚い殻が金属に回りに出来る。 これはおもにカルシウム、マグネシウム、錆、砂、シルト、貝殻、サンゴ、海藻、その他近くにあったものが取り込まれ凝結する。 コンクリーションは小さいものから大きなものまで、何100kg以上の塊になり、何百種類もの遺物を含むこともある。 
   コンクリーションの保存方法は発掘作業に似ている。 まず、行うべきことは遺物を保存することと出来るだけ多くの記録を取ることである。特に記録は重要である。 困苦リーションそのものの状態、中に入っている遺物の詳細記録、保存処理のプロセス、写真、X線写真などが必要となる。鉄が残っていない場合には型を取り、金属以外の遺物がコンクリーションに含まれていた場合の保存、そしてコンクリーションに残っていた型、たとえば種や昆虫の跡形などにも注意を払う必要がある。 (1554年のスペイン船の発掘では、コンクリーションの中からゴキブリの型が見つかった) これらの見つかった遺物の位置関係などもすべて正確に記録する必要がある。 保存処理を行う者のみがこれらの遺物の位置関係を知ることができるので、保存処理に携わる者は必ず考古学の知識が必要となる。
  

 

    この写真はサン・エステバン号(1554年スペイン船・テキサス,パドレ諸島沖に沈没)で発掘されたコンクリーションである。 このなかに碇が二つ、大砲(と気の枠組み)、その他の小さな遺物が含まれており、長さ4以上、重さは2tあった。 保存処理施設はこのように大きなコンクリーションに対応できるだけの場所、機械、その他保存に必要な設備を整えなくてはならない。 そして、保存処理完了後、展示・保存できる場所も考える。 これには、クレーン、大きな水槽、直流電源設備(金属の保存処理については後に詳しく説明する)、何100kgもの薬品、蒸留水などを用意する。 コンクリーションは海水の状態や鉄など様々な要素によって出来方が違い、真水ではコンクリーションは出来ず、また、熱帯地方の海のほうが出来やすい。 寒い地方の海ではコンクリーションが少ないため保存処理はそのため楽である。
   トレージャー・ハンターの中には遺物の正確な位置はそれほど重要でないと言う人もいる。 海の中で波や砂の動きによって遺物が散乱されるため、記録を残す必要がないという。 このような考え方では考古学的価値は薄れ、すでに幾つかの重要な文化遺産が世界各地で失われてきた。 発掘の際、そして保存処理でも精密な記録を残すことによって、今まで失われていた歴史の謎が解明されていくのである。 とくに沈没船の発掘では保存処理は最重要であることを認識してほしい。

Basic Conservation Procedures

   水中遺跡(とくに海水)からの遺物の保存処理は他の遺跡に比べ非常に難しいといわれている。 まず、脱塩処理を迅速に行うべきである。 金属は特に錆易く、脱塩処理を怠ると無価値の遺物と化してしまう。
遺跡を発掘する際、調査に参加するものはこれらのことを念頭に入れておかねばならない

1.どのような遺物があがるのか? 大きさ、性質、ETC.

2.発掘された遺物は必ず多少の変形や崩れが起こること。 

3.発掘現場に必ず保存処理に詳しい者が参加すること。

4.保存処理施設、設備を発掘前に確保すること。 

  遺物によっては新しく施設を 作らなくてはならに場合もある。 引き上げられた遺物は熟練した保存処 理専門家によって最初から最後まで責任をもって処理すること。

5.考古学作業とは発掘、保存、展示、出版をいう。 

   発掘はほんの一部にしかす ぎない。 発掘で得られた情報と保存処理で得られた情報を併せて研究し、 結果を発表して初めて考古学作業が完了したことになる。 

Field Recommendations

   遺跡の場所などによっては発掘現場のそばに簡単な保存処理施設を作らなければ成らない場合がある。 この場合、幾つか注意事項を示しておく必要がある。 いずれにせよほとんどの作業はきちんと設備の整った施設で行い、簡易保存処理は一時保存と記録に専念する。

1.すべての遺物の正確な位置(3次元で)の記録、遺物のナンバリングをする。 後 で番号がわからなくならないようにきちんと登録・記録すること。

2.コンクリーションの殻は壊さず保存する。 遺物がコンクリーションの中にあ る限り位置関係はかわらない。 今すぐに処理を行わなくも大丈夫。

3.大きな遺物、例えば箱や樽などは発掘する際に一括してあげる。 遺物を引き 上げた後、しっかりと固定させれば、保存処理施設で発掘することが出来 る。 そのほうがより正確に、また安く済む。 

4.すべての遺物は完全に海水の中につけておくこと。 または水酸化ナトリウム  (pH 10-12)につけておくこと。 遺物の入った容器を日光のあたらな い場所に置くことでカビの発生などを防げる。

Laboratory Conservation

保存処理施設でのプロセスにはだいたい次の6つに分けられる。

1.保存処理が行われるまでの保管・管理
すべての遺物は完全に水につけておくことが基本である。 水酸化ナトリ ウムか炭酸ナトリウム(1%)などにつけておく。 コンクリーションは そのままのこしおくこと。

2.どの保存処理を行うかを検討し計画を立てる
遺物を観察し、どのような保存処理が可能かそのプランをたてる。

3.洗浄
X線写真はコンクリーションの中に何が入っているかを確かめるためにひ つようである。 ドリルやノミなどで少しずつ殻を壊していく。 薬品に よる洗浄も可能である。 ただし、殻と一緒に金属を溶かす可能性もある ので注意が必要である。 小さな空気ドリル(歯医者で使われるようなも の)などは使いやすい。

4.保存処理加工
保存処理は人によって同じ遺物でも全く違う処理方法を行う場合が多い。 このような時はこうすればよいなどのマニュアルはなく、遺物それぞれ違 う特徴をもっている。どのような処理方法であれ、貴重な考古学情報を維 持できる保存処理であれば良い。 保存処理には様々な物があり、それぞ れ利点と欠点がある。 それらを覚え、与えられた遺物がこれから置かれ る条件の下でベストな状態で保管されるような処理を心がける。

5.修復(必要ならば

6.保管または展示

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