6.金属の処理(保存処理を始める前に)

水中から引き揚げられた金属遺物は保存処理を行うものに大きな問題を抱えてきた歴史がある。しかし、長年の試行錯誤の結果、確実で簡単な方法が保存処理方法が確立されてきた。ここでは最初に水中遺跡で最も一般的に発見される鉄(Fe)についての保存を紹介する。特に保存処理そのものでなく、錆の性質、コンクリーションの形成の理由、そして保存処理にいたるまでのステップを紹介する。

釘が錆びてコンクリーションと成ったもの。中が空洞になっている。また、幾つかの遺物がくっついている可能性がある。 

人類は鉄・錫・銅・鉛・銀・金など様々な金属、そして、青銅や真ちゅうなど合金も用途に合わせて使用してきた。金属が生成された時点から周囲の環境と反応を起こし、金属は安定した状態に戻ろうとする性質がある。水中考古学遺物を扱う保存処理に携わるものは元の金属の性質、および錆びの性質を理解することが必要である。金属は水素を基準として起電力(EMF)の違いにより電極電位がつけられている。電極電位が低い金属は陽イオンを発生しやすく活発に酸素と反応する。反対に電極電位が高い金属は安定している。ちなみに金は一番安定しており、次に銀、銅、そして水素と続く。ここまでが電極電位がプラスであり、鉛、錫、鉄、最後に亜鉛はマイナスである。つまり簡単に言えば亜鉛が錆やすく、金は最も安定している。

錆について

鉄(Fe)製の遺物は水中考古学において最も頻繁に発見される種類の遺物であり、また最も保存処理が難しい遺物である。二つの金属分子が存在するとき、ガルバニック作用がおこり、金属が酸化し、第一鉄イオン(ferrous iron)が生成される。海水は電解液に似たような働きがあり、空気中に比べ錆の生成が約10倍早いと言われている。沈没船は一つの大きなガルバニック電池として考えられ、また、それぞれの金属も互いに影響を起こしながら反応する。また、一つの金属製品でも100%ピュアな金属などは無く、遺物の中でもイオンが互いに影響を起こしあっている。

さて、水は基本的にHとOHに分かれているのが普通である

2H2O + 2e = H2 + 2(OH)

海水、つまり塩(塩化ナトリウム)が水と反応を起こすと

Na+ + OH- = NaOH

鉄はイオンを発生しやすいので

Fe+ – 2e = F+2

そして鉄は塩化物と反応を起こし塩化第一鉄を形成する

Fe+2 + 2CI- = FeCl2

塩化第一鉄は海水と反応を起こし…

FeCl2 + 2NaOH = Fe(OH)2 + 2NaCl

結果としては、水酸化第一鉄(さらには磁鉄鉱)と塩化ナトリウムが形成される。新しく出来上がった塩化ナトリウムはまた鉄と反応し、水酸化第一鉄と塩化ナトリウムを作る。つまり、触媒のような働きを起こすのである。さらには海水中に溶け込んでいる様々な成分と反応を繰り返し、磁鉄鉱、水酸化第二鉄、硫化第一鉄なども生み出す。

このように鉄が海水に溶け込むと、遺物自体が失われるだけでなくpHレベルが変化するため、炭酸カルシウムと二酸化炭素のバランスが崩れ、炭酸カルシウムと水酸化マグネシウムが発生してこれが遺物の周囲にある砂、貝、その他の遺物などに沈殿・付着し、硬い殻を形成する。この殻は一般にコンクリーションと呼ばれている。この殻は普通、遺物の表面に沈殿し、時間をかけて“成長”する。その際、遺物と海水を遮断する可能性が多く、遺物のオリジナルの型を残すことがある。

コンクリーションの写真
コンクリーションの写真

鉄が海水で錆びると、多くの場合硫化第一鉄、磁鉄鉱、塩化第二鉄などが形成されるが、発掘後に空気中においても反応は進む。表面を処理するだけではなく完全に塩化ナトリウムをはじめ反応を進める状態にある化合物などを取り除くことが必要となる。(ナトリウム溶液などにコンクリーションを長期間浸しておいても遺物内部の処理は行えない)金属の内側から反応が進み、内側から膨張を起こし破壊が知らずのうちに進むことがある。これらの悪条件を考えると、発掘されたのち“完全”に処理を施す必要があることがわかる。

金属製の遺物を完全に処理するにはコンクリーションを除去した後、電解還元法(Electrolytic Reduction)を使い遺物内部の塩化化合物などを除去することが最も効果的である。ER法を用いると遺物内部から水素が発生し塩化化合物と反応をし、遺物内部を還元する働きがある。ER法については次回の保存処理のアップデートで詳しく説明を行う。

遺物の記録・保管・物理的クリーニング

鉄製(および金属製)遺物の保存処理には下記のステップが一般的に行われる

1.遺物の記録

2.保存処理が行われるまでの保存

3.物理的クリーニング

4.遺物の記録・検証
    

5.保存処理 (ERなど次回のアップデートで紹介予定)

6.保存処理後の管理 (次回のアップデートで紹介予定)

遺物の記録

遺物の保存処理を行うには記録を取る事が重要である。遺物の写真、特にX線写真、特徴、発見地点などがある。X線写真はコンクリーションノンの中に何が入っているかを見分けるための手段として用いられる。さらに重要なのは、遺物の状態とどのような処理を施したか、または保管状況などである。再処理を施す場合などに参考とするためである。また、次に性質の類似する遺物を保存する際に参考となるからでもある。(保存処理がもし失敗に終わった場合、どこを次回から変えれば成功に導けるかを知るためである)さらには、より良い保存方法、処理法を検討・研究するうえでも重要である。

遺物の保管

金属の遺物はコンクリーションを形成するため、時として1トン以上もの塊であることもある。また、ひとつのコンクリーションの中には一種類の遺物のみであることは珍しく、木材、繊維、金属、骨などの遺物も共に塊の内側に閉じ込められている。これらの遺物の保存を促すために常に水に浸しておく必要がある。 コンクリーションそれ自体が外界からの影響を遮断する働きもあるため、コンクリーションをばらさずに現状を維持することが重要である。しかし、コンクリーションは放置すると錆が進行し、中の遺物を破壊するおそれがあるので、金属の反応を抑える溶液に浸しておくことが必要となる。(この状態においてはコンクリーション内部の遺物はコンクリーションの外にあるより長期保存可能となる。また、錆が遺物を破壊はするが、外界からの影響が少ないため、逆に錆の内部のほうが有機物の保存に適した状態が保たれる可能性もある。そのため、コンクリーションはたんなる錆の副産物といって軽視することはできない場合もある)

金属の反応を抑える働きのある溶液にはアルカリ性の水酸化や炭酸ナトリウムやセスキ炭酸ナトリウムが良いとされている。この溶液のpHは8以上でないと逆に参加を進める可能性もあるので注意が必要である。pH10-13が特に錆を防ぐことがわかっている。これは約5%のナトリウム溶液に遺物をひたすことで充分である。しかし、長期保存には向いておらず、溶液を頻繁に変えるか、一時的保存においてのみ使われる。

この溶液に使う“水”は普通の水道水で充分である。または、雨水などを利用することも有効な手段である。もともと海水から引き上げられた遺物は塩分などを含んでいるため、特にマイナスイオン水などを使うことはない。水は水中遺物の保存処理で最も必要とし、どこの保存処理施設でもいかに水を巧く利用するかでコストの大幅な削減が可能となる。(例えば遺物の脱塩処理に際して新鮮な水を常に必要とするが、トイレのリザーブタンクに遺物を入れておくことなどで常に新鮮な水に取り替えることができる)

物理的クリーニング(コンクリーションの除去)

コンクリーションは名前のとおり、遺物を包むコンクリートのようなものである。これを徐々に破壊して遺物を取り出すためには中に何があるか知る必要がある。そのためにはX線写真が必ず必要となる。X線写真を取る際に遺物の位置、方向などをしっかりと把握する必要がある。(また、X線写真をデジタル化し、フォトショップなどのプログラムでガンマ線やコントラストを変えることで写真を見ただけではわからなかった遺物が見えることもある)これらを基準に遺物を取り巻くコンクリーションを除去していく。

大きなコンクリーションの場合、のみやハンマーを使いコンクリーションを割っていく。遺物とコンクリーションの間には溝や物理的な違いがあるので、コツをつかめば遺物をまったく傷めることなく簡単にコンクリーションを剥がしていくことが可能である。空圧スクライバーやドリルなどは小さな遺物に効果的に使われる。どれだけコンクリーションをはがして良いか判断に困ったときは、遺物表面に幕を張るぐらいにコンクリーションを残しておいたほうが良い。これは、ER法を行う際に、遺物内部から発生した水素が表面まで進み、コンクリーションを剥がすためである。

酸などを使いコンクリーションを溶かすことも可能である。しかし、この方法は注意が必要である。次回のアップデートで紹介するが、錆の進行によっては金属が完全に溶け、コンクリーション内部が空洞化していることがしばしばある。この場合、コンクリーションの一部に穴を開け、型を取ってからコンクリーションを破壊する方法を取る。酸でコンクリーションを溶かしては型を取れなくなるのと、また、遺物自体を溶かす可能性もある。そして、酸を完全に除去しないと知らずに反応が進むこともある。酸の値段も考慮に入れるとそれほど効果的な方法とは考えられない。

遺物の記録・検証

遺物がコンクリーションから取り除かれた後、遺物を洗浄し、検証する必要がある。この検証は主に遺物の状態を把握し、どの保存処理が最も適切かを決めるためのものである。これは重さの比較、磁石、X線などを使って検証する。基本的には3タイプに分けられる。

1. 遺物の芯まで金属が残っており、化学的、物理的に比較的安定しており、形がはっきりしているもの。このタイプの遺物はERを使い処理を行う。

2. 遺物の元の形は多少残っているものの、芯の金属は薄いなど、化学的、物理的に安定していない。このタイプはセスキ炭酸ナトリウムなどに長期間浸し、塩化化合物が染み出てくるのを待つ。(コンクリーションから遺物を取り出した後なので直接金属に働きかえるので多少の効果が期待できる)その後ワックスなどで表面を覆い、遺物を保護する。

3. 遺物がほぼ完全に無くなっているもの。コンクリーションが外形を維持しているので、それを元に型を取るしか方法はない。元の遺物はもちろん修復不可能である。

ここでは大まかに金属、おもに鉄の保存を見てみた。次回は詳しくER法(電解還元法)について詳しく解説を行う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

トップに戻る