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水中考古学関連のニュースや関連記事を掲載します。
韓国の船 中国で発見!
韓国のYonhap Newsから伝えられた情報で、まだ詳しいことはわかりませんが、後にもっと詳しいNewsが手に入ると思います。
山東省蓬莱で14世紀の韓国製の船が発見されたそうです。韓国の船と中国の船が見つかったそうです。当時の韓国と中国の海洋のつながりを知る貴重な手がかりとなることでしょう。
韓国の船が海外で発掘されることはこれが初めてで、韓国が海を通したつながりに(鎖国を始める以前に)積極的に乗り出していたことが分かります。
エーゲ海で大噴火
National Geographic より
ギリシャ、エーゲ海に浮かぶセラ島近海で大規模な海底地質調査が行われたそうです。ギリシャとアメリカの調査隊がナショナル・ジオグラフィックの協力を得て、サントリニ火山のあるセラ島周辺の海底地形を調べました。その結果、火山による地層が30mの深さもあり、30km離れた地点でも深い堆積が確認されたそうです。西暦1883年に噴火したインドネシアのクラカタオとの対比などで相当の津波が予想され、周辺の人々に影響を与えたことでしょう。ギリシャ神話の神々の戦いやいわゆるアトランティスの伝説などはこの事件に由来しているのではないかと言われています。エーゲ海で約3600年前に起きたサントリニ火山島での噴火がクレタ島で栄えたミノア文明の滅亡のきっかけを作ったと考えられています。
スペインのガレオン船発見
サウス・カロライナ州で500年前のスペインのガレオン船が発見されたようです。州の考古学者のチームが発見し、9月には詳細なサーヴェイを行うそうです。スペイン人、Lucas Vazquez de Ayllonの船、Chorrucaだと考えられています。1523年に大西洋から太平洋に抜けるルートの開拓にアメリカの海岸を探ることをスペイン王チャールズ1世に命を受けました。
Lucas Vazquez de Ayllonは1526年には植民地を作るため600人を連れてカロライナを訪れましたが、黒人奴隷が脱走しアメリカ原住民と共に反乱を起こしました。また、疫病の発生により、150人が殖民を諦めて本国に戻りました。今回発見された船はそのときのものと考えられています。
古伊万里、太平洋渡り中米に!
佐賀新聞より
古伊万里、太平洋渡り中米に―新交易ルート浮上
江戸前期に肥前地区で焼かれた古伊万里が、太平洋ルートでラテンアメリカに渡っていたことが西松浦郡有田町教委などの調査で分かった。メキシコで見つかっていた磁器片と同じタイプがフィリピンで初めて確認され、当時両国を植民地にしていたスペイン人が運んだことが裏付けられた。中国船やオランダ船による東南アジアやヨーロッパ諸国への輸出で知られる古伊万里の新たな貿易ルートが浮上した。 同町教委文化財調査員の野上建紀さんが、フィリピン国立博物館などとの共同調査・研究で明らかにした。
古伊万里が確認されたのは、スペインがフィリピン・マニラで1571年に築いた城塞(じょうさい)「イントラムロス」。城塞内の生活遺構から出土した古陶磁片100点を、野上さんが2004年3月に精査したところ、肥前産の磁器片5点を確認。昨年1-8月の本調査では約60点の肥前産を見つけた。放射状に文様を配置して芙蓉(ふよう)の花のように見える「芙蓉手」の染付皿が大半を占めた。
メキシコでは首都・メキシコシティーで1970年代に地下鉄工事現場で有田焼の破片4点が出土し、日本人学者が確認している。野上さんも今年6-7月、首都のテンプロマイヨール周辺遺跡で、肥前産の芙蓉手染付皿などの磁器片10点を見つけた。
このタイプの皿は、貿易を禁じた中国(清)の海禁令が出された時期(1656-1684年)に中国製品の代用品として作られた。当時日本は鎖国状態で、オランダ船と中国船だけが長崎への来航を許されていた。同じタイプの磁器片が台湾から出土することから、野上さんは「中国船が長崎から台湾経由でマニラまで古伊万里を運び、マニラのスペイン人に渡した」と結論づけた。
スペインの貿易船は太平洋ルートでマニラから香辛料や絹をラテンアメリカに運び、そこから銀を持ち帰ったことは文献で知られている。野上さんは「その交易品に古伊万里があったことが分かった。今後、古伊万里がラテンアメリカの各地に広がっていたことも明らかになるはず」と話している。
大橋康二九州陶磁文化館館長の話 古伊万里がスペイン船で運ばれた記録は見つかっておらず、考古学的な裏付けが取れた意義は大きい。ラテンアメリカにいたスペイン人も高級食器として中国磁器を使い、手に入らない場合は肥前産で代用したことがこれで分かった。わずか30年ほどだが中国磁器に代わり、古伊万里が世界に広く流通した事実を示す貴重な資料にもなる。
丸木舟を井戸にリサイクル
西日本新聞社から
滋賀県守山市の弘前遺跡で、古墳時代中期から後期(5−6世紀)の丸木舟をリサイクルして造った6世紀後半の井戸枠が見つかり、滋賀県文化財保護協会が17日、発表した。
これまでにも石川県や大阪府、兵庫県などで古墳時代の舟を井戸枠に転用した例が見つかっており、同協会は「弘前遺跡の人々は琵琶湖の湖上交通を通じて各地の集落と交流し、舟を再利用する文化や技術を学んだのでは」と話している。
同協会によると、井戸枠に使われたのは半円形の板材で、長さ1・5−1・6メートル、幅0・6−0・7メートル、高さ0・4−0・5メートル。組み合わせるとU字形をした丸木舟(推定全長5−6メートル)の約3分の1が復元できた。1本の針葉樹をくりぬいて造ったらしい。
2006年08月17日17時32分