お知らせ
水中考古学関連のニュースや関連記事を掲載します。
巣山古墳の「準構造船」?
つい先日出土した船材かと思われる木材について。報告者や実物を見てみないことには何ともいえませんね。
奈良・巣山古墳から出土
奈良県広陵町の国特別史跡・巣山古墳(4世紀後半)の周濠(しゅうごう)から出土し、遺体を陸路で運ぶ「霊柩(れいきゅう)船」に載せた棺(ひつぎ)の蓋(ふた)とされた大型木製品が、丸木舟から進化した「準構造船」の「波切り板(竪板)」の可能性が高いことがわかった。大阪市平野区の長原高廻(まわ)り2号墳(4世紀末)などで出土した船形埴輪(はにわ)の波切り板と酷似しており、霊柩船の形は埴輪とほぼ同じで、こうした船形埴輪自体が霊柩船を模したものであった可能性が出てきた。
同県立橿原考古学研究所の岡林孝作・主任研究員が近く報告書をまとめる。
大型木製品はクスノキ製で、長さ2・1メートル、幅約80センチ。今年2月、調査結果を発表した広陵町教委は、石棺の蓋にあるような突起があったことから、大型木製品は、霊柩船に載せた木棺の蓋と推定した。
しかし、岡林主任研究員は▽長原高廻り2号墳の船形埴輪の波切り板と形状や文様が一致する▽裏面にある溝や側面の長方形の穴が準構造船を造る技法と同じ▽材質も船材に使われるクスノキ製――などから、大型木製品は船首と船尾にある波切り板と判断した。
岡林主任研究員は、棺蓋の根拠となった突起については「飾りの旗竿(ざお)などを立てる綱を結びつけた部分ではないか」とみている。
これに対し、町教委とともに調査した河上邦彦・神戸山手大教授(考古学)は「船材の可能性も検討したが突起の説明がつかず、構造上、棺蓋以外ではあり得ない」と反論している。
波切り板とみた場合、一緒に出土した船の側板の形をした部材などと組み合わせると、船形埴輪とほぼ同じ形に復元できる。
準構造船は大型化し外洋航海もできるようになった船。大王らの遺体を、仮安置する「殯(もがり)」の場から古墳まで運んだという霊柩船を、町教委はゴンドラ形の簡易な船をイメージしていたが、準構造船そのものが野辺の送りに使われていたこととなり、論議を呼びそうだ。
長原高廻り2号墳の船形埴輪は1989年に古代船「なみはや」として復元され、話題を呼んだ。
辰巳和弘・同志社大教授(古代学)の話「波切り板の可能性は十分あり、葬送儀礼に使われた船の形が見えてきた。そもそも船形埴輪は、葬送に使われたこうした船を模したものではないかとも考えられる」
(2006年05月08日 読売新聞)
水中博物館がオープン
初期ローマ時代の最大の港といえばイスラエルのCaesareaです。(時にはヘロデの港と呼ばれる場合もあります)ハイファ大学のチームが発掘を行っていました。このたび、イスラエル政府が協力し、新しく水中博物館がオープンしました。観光客が直接ダイビングして港の基礎部や沈没船、碇などを見学できます。見学者は地図を渡され、地図のコースをもとに見学します。もちろん、水中に看板などを立て、見学者はきちんと遺跡について学ぶことができます。水深は10m以下なので初心者のダイバーでも問題なく安心して見学することができます。国家がこのような水中考古学ミュージアムを作るのは世界でも珍しい例です。他の国々もこの例に倣い水中ミュージアムを成功させていくことに期待しています。
ネイチャー誌にバーチャル考古学 (キレニア号)
英国の雑誌、ネイチャーにキレニア号の3次元復元(バーチャル考古学)についての記事が発表されました。考古学資料をもとに遺物や木材などを復元。地中海ではそれほど問題ではないですが、海中の透視度が悪いばしょでは、遺跡全体を把握するのは困難ですし、写真も取れない場合もあります。遺跡の記録をきちんと取ってあれば、このように全体を見ることが可能となります。 60年代に発掘されたキレニア号、このときしっかりと遺跡が記録されていたため、現在このようにコンピューターを使って復元することが可能となりました。
以前バーチャル考古学について書いた記事はこちら http://www.nauticalarchaeologyjp.com/ja/article/deepsea/2005033027.html
