石見銀山  水中考古学的調査をどうして行わないの?

大田・沖泊で海底に眠る遺物の収集

来年夏、石見銀山遺跡の一部として世界遺産に登録される大田市温泉津町の沖泊で16日、地元や関西などのダイバー10人が、海底に眠る遺物の収集に挑んだ。湾内での遺物収集は初の試み。17世紀中ごろに九州の肥前地方で焼かれた皿の破片など、江戸期の陶磁器片九点の引き揚げに成功し、「一帯にはまだ多くの遺物があるに違いない」とロマンを膨らませた。

 沖泊は、戦国時代後期から銀の積み出しなど、石見銀山の外港として発展。寄港した船の綱を結んだ多数の鼻ぐり岩が残り、湾内の水域も遺産登録される。沖泊北側の櫛島では、17世紀の中国・景徳鎮の皿の破片が見つかるなど、対岸諸国との貿易の痕跡を示す。

 ダイバーたちは、波止場から沖合200メートルまでの湾内(水深2―4メートル)に潜水。海底の砂地から次々と遺物を採取した。島根県教委世界遺産登録推進室の目次謙一文化財保護主任(34)らが鑑定した結果、江戸後期の有田焼の染め付け皿や温泉津焼のすり鉢などの破片が確認された。陶磁器片は絵柄などの保存状態が発掘調査の出土品より良好という。

 調査を呼び掛けた地元のダイビング店経営、浅田昌平さん(48)は「沖泊の水中にはさまざまな遺物が眠っている。行政に協力し今後も調査したい」と意欲を燃やす。収集した陶磁器片は石見銀山課に提供した。

 
 

と、このように報じられていますが調査の方法に疑問を感じます。これらの遺物をただ引き上げるのではなく地上の考古学と同じように発見地点のポイントを抑える事が重要です。新聞の記事を見た限りでは地元のダイバーを使った遺物採集を行ったように見受けられます。これらの作業は本来、考古学者が行うべき作業です。遺物の分布や潮の流れから沈没船の大体の位置を特定し、そこにサブボトムプロファイラーやサイドスキャンソナーで調査を行えば沈没船の発見につながるかもしれません。また、水深2-4mの地点を調査したそうですが、これにも疑問がああります。水深の浅い場所は直接波の影響を受けるため遺物が散乱するのは当然であり、もっと深い地点を調査する必要があります。さらには、たいした深さではないのでわざわざダイバーを使わずに考古学者が簡単なトレーニングでも潜れます。

  本当に「世界」の遺跡を目指すのであれば、水中考古学も世界のレベルの調査をする必要があるのではないでしょうか?この新聞の記事を見る限り、海外での1950年代の調査方法を取っているとしか思えません。文化遺産を大切に守っていく気持ちがあればこの調査方法に疑問を持つものと思います。みなさんはどう考えるのでしょうか?世界遺産を目指すのであれば、周囲の海に目を向けるのは当然のことであり、石見銀山の調査担当者に敬意を表します。調査方法は間違っているのは明らかですが、良い一歩だと思います。あとは真面目に世界の水中考古学の調査例を学べば何が今一番必要かがすぐに見えてくるはずです。

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