Belitung Shipwreck

アラブ・インド・ペルシャの商人は中国の唐の時代に中国に船で出向いて貿易をおこなっていました。このころの船、9世紀あたりの船が以前インドネシアで発見され、トレジャーハンターによって発掘されました。しかし、トレジャーハンターも出来る限りの記録は残しており、いろいろと学術ジャーナルなどに出版を行ってきました。詳しくはこちらで。遺物の殆どはシンガポール政府が買い取り、現在新しくリゾートミュージアムの建設に取り掛かっているようです。

木材の樹種同定やその造船技術からインド洋の船だと考えられています。当時の船はこのほかには発見されていません。簡単な竜骨をもち、船体は縄で互いに結び付けられ、釘などは使用していません。このタイプの船は縫合船と呼ばれています。文献・絵画・伝統造船の研究などからインド洋の船と断定されました。この船はオマーンで復元され、航海実験などもされています

この度、スミソニアン博物館でこの沈没船の遺物が展示されることになったのですが、いろいろと話題を呼んでおります。というのも、この沈没船は考古学が目的で発掘されたのではなく、商業目的で発掘されたからです。スミソニアンや他の博物館は商業目的で発掘されたり売買された遺物などの展示は行わないことが原則です。

考古学者などがこの度この展示に意義を申し立てているわけです。しかし、一方で、この船はインドネシア政府が正式に許可を出し発掘を行っているので「合法」で「発掘」されているわけです。これはインドネシアなど水中文化遺産保護の法律が無い国〔日本もその代表例)ではどこでもありえることなのです。

ユネスコの水中文化遺産保護条約などが様々な国で採用されていますが、多くの国がまだ加盟しておりませんし、多くの問題点をのこしております。水中にある遺跡は陸上とは違うスタンダードを取る人が多くいることは事実であり、費用の調達などを考えると実際に発見したから直ぐに発掘と言う具合に進めるわけではありません。この沈没船は発見から発掘・保存処理・出版まで数年で成し遂げています。考古学のスタンダードで発掘をおこなうと、研究の成果を出すのに倍以上の時間〔15年ほどでしょうか)、費用も掛かります。また、トレジャーハンターの言い分では、世界の貴重な沈没船の多くは埋立地の建設や漁業により多くの船が発見されずに破壊されているので、考古学のスタンダードでは記録を残せずに消えていく船のほうが多いであろうということです。実際に堤防の建設や海の上に建物を建設する際には多くのエリアがまともな事前調査を行わずに埋め立てられているのが現状です。幾つもの貴重な文化遺産が今自分が立っているコンクリートに地面の下にあることも可能性としてはあります。

この当時のインド洋・東南アジアの沈没船は研究が進んでいないことから非常に価値のある文化遺産です。この沈没船の発掘ない世などはそれなりに調査され、出版されています。このように研究されずに破壊されている沈没船が幾つもあるかもしれません。考古学者が望むようなスタンダードではないかもしれませんが、それでも当時の海洋交流の歴史に一石を投じる貴重な発掘でした。考古学者の中にはこの沈没船の報告書などは自分の研究には使わないと言う学者も多くありません。

日本では水中考古学や沈没船の研究はあまり馴染みがないので、絵空事のように感じるかもしれません。また、同じ文化財であるはずなのにどうして水中にあるということだけで陸上の遺跡と別の扱いを受けるか疑問に思う人も多いのではないでしょうか?しかし、世界の多くはトレジャーハンターと考古学者の論争は活発になされています。日本では水中で遺跡を発見しても文化財保護法が適用されるかは現在のところきちんとした法律がないためケースバイケースとなっております。海難救助法が当てられるか、遺失物として処理されるか、はっきりしていません。実際に外国のトレジャーハンターが日本で活動を行っていることも事実として受け止めなくてはなりません。

この沈没船のようにある程度研究され出版されればまだ「まし」といいうことでしょうか?日本も水中文化遺産保護を真剣に考えなくてはならない状況にあると思います。少しでも多くの人が沈没船を貴重な文化遺産と受け止めキチンと保護するべき対象であると認知すれば状況は変わると信じています。トレジャーハンターなどは資金調達のために、自分達のプロジェクトに資金提供をしてくれそうな裕福層には大々的に宣伝を行いスポンサーや投資を募っていますが、多くの一般市民には積極的に広報活動を行っていないように見受けられます。一般の人々が沈没船研究の可能性と重要性に気がつくことが世界の水中文化遺産の保護の近道だと考えています。

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