文化庁「水中遺跡調査検討委員会」

平成25年(2103年)2月、国内の水中に存在する遺跡の適切な保護と活用の方策を検討するために、文化庁の下に「水中遺跡調査検討委員会」が設置された。一般に海洋国家と呼ばれる日本で、海、湖沼、河川の水底に埋没する遺跡への理解を促進するうえでも、本委員会の設置は重要な意味を持つ。委員会の委員は、水中遺跡調査に携わる研究者以外にも、アジアの歴史学・考古学、埋蔵文化財行政、保存処理、海洋探査など多方面の専門家で構成されている。水中遺跡への学際的アプローチの重要性を踏まえて、委員会での議論が進展することを意図したものである。

史跡沈没船の調査を萌芽に20世紀中頃から進展をみせた水中発掘調査は21世紀においても飛躍をみせている。特に国外でその動きが著しい。第1回の委員会会合では、西谷正委員長より中国・韓国の国家主導による、特に近年の水中遺跡調査・保護体制の事例が紹介された。中国での水下文物保護管理条例成立と中国歴史博物館水下研究所の設置、韓国での新安船発掘を契機とする国立海洋遺物展示館(現国立海洋文化財研究所)の設立は1980年代に遡り、現在も海洋に眠る遺跡の発見に力を注いでいる。

日本においても、昭和55年(1980年)には文化庁によって水中に分布する遺跡把握方法について見当が行われ、岡山県の水ノ子岩遺跡、北海道江差の開陽丸、滋賀県琵琶湖の粟津湖底遺跡が調査対象となった。水中考古学の形容として沈没船調査があげられるが、我が国初の組織的な水中遺跡特定調査に、琵琶湖の湖底遺跡が対象となったことは注目すべきところである。平成元年~平成3年にかけて文化庁の水中遺跡保存方法の検討に関する事業では、全国の自治体で200を超える水中遺跡の存在が示唆されたが、このうちで沈没船以外の水没遺跡が多数を占めることは我が国の水中遺跡の性質を知るうえで興味深い。琵琶湖などの湖底遺跡は、地震の影響を受けて水没した遺跡もあると思われ、過去の自然災害や環境の変化を知る上で、国内の水中遺跡は重要な意味を持っている。

長崎県松浦市の蒙古軍襲来に関連する鷹島海底遺跡では、1980年代より調査が実施されており、先の文化庁事業でも、水中遺跡の探査方法の開発などの実践の場となってきた。大型の木製の碇に加え、蒙古軍の武具類が発見されるなど、歴史的戦場地のとしての水中遺跡という特異な地位にある。元寇に使用された船の発見は、水中遺跡調査検討委員会の発足を促し、委員会内でも同遺跡が国内の水中遺跡の保存と活用の整備を図る上で重要であると認識されている。また国内の沈没船でいえば、先の開陽丸以外にも、幕末史で重要な広島県宇治島沖のいろは丸、国際関係史で取り上げられる和歌山県串本沖のエルトゥールル号、地域史で特に知られるえひめ丸などがあげられる。こうした沈没船が史跡として管理され、保存・活用が進むかは、その方策を含め未だ課題となっている。

上述のように、これまでも国内の水中遺跡の実態把握は断続して行われてきた。水中遺跡調査検討委員会の発足がより継続性のある体制構築につながったと後に評価されるよう努力することが肝心である。最新の会合では、『行政目的で行う埋蔵文化財の調査についての標準』に相当する水中遺跡の保存と活用の指針作成を目的の一つとすることが確認された。埋蔵文化財行政に沿った日本の独自の体制づくりが、水中文化遺産への取り組みにおいて日本が国際的にも評価にもつながると信じるものである。

気候や自然条件の変動により、人類活動の痕跡は水中にも残る。これらの解明は、現代社会においても、人間の営みと人類社会が、環境とのバランスの上に成り立っていることを気づかせてくれる。海洋への進出が著しい今日、水中の遺跡は、自然資源と同じく希少でより疲弊し易く破壊されがちな遺産として認識される必要がある。水中遺跡の重要性を沿岸・河川域と陸上にある遺跡との関連で明らかにすることも、その価値を明示していくうえで重要となる。

水中遺跡調査検討委員会委員(敬称略、五十音順)

池田 榮史 琉球大学法文学部教授

伊崎 俊秋 福岡県教育庁文化財保護課長

今津 節生 九州国立博物館博物館科学課長

小野 正敏 大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事

木下 尚子 熊本大学文学部教授

木村 淳 マードック大学アジア研究所研究員

高妻 洋成 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所埋蔵文化財センター保存修復科学研究室長

坂井 秀弥 奈良大学文学部教授

佐藤 信 東京大学文学部教授

土屋 利雄 独立行政法人海洋研究開発機構観測技術担当役

西谷 正 宗像市立むなかた館長

御堂島 正 大正大学文学部教授

林田 憲三 アジア水中考古学研究所理事長

 

 

 

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