ひとりごと…

すでに、何回かいろいろな場所で書いていますが、再度。

水中考古学にお金がかかるは微妙に嘘。というのも、遺跡を全掘すればもちろん陸上でも膨大なお金がかかる…。。

 

また、同量の一括性の資料、流通の過程を示す遺物、完全な形で残された遺物など陸の遺跡をいくつ掘っても沈没船がもたらす情報量にはなかなか追いつけない。そもそも、遺跡の重要度などという理論は考古学的倫理から外れる。水中遺跡はその環境により、陸では考えられないほど有機物などの保存状態が良好である。沈没船などがタイムカプセルと称されるのもこのためである。いくら陸の遺跡を掘っても、出てこない種類の遺物も多く見つかることがある。

現在、世界のスタンダードは陸も水中も、開発との共存、原因者負担による発掘である。(建設会社さんありがとう!)そのなかで、水中の遺跡を見てみよう。

最初に、海の開発は主に国や自治体のプロジェクトが多い。つまりは、公共の事業であり、税金を払う全ての人々が等しくその恩恵に預かる。個人で海の開発を行うことはほとんどないだろう。つまり、遺跡が工事計画地に存在した場合、すべての人民のメリットとなるよう対処するべきである。個人住宅の建設予定地に個人の負担でお金を使うのとは少しわけが違う。個人が発掘の費用にお金を出すのを躊躇するのは仕方のないことだろう…。くどいようだが、海の開発は公共の事業であり、公共の歴史理解を深めるのに少しのお金を払うのは決して悪いことではないと思う。

次に、海の開発とは、主に公共のスペースで行われる。そのため、建設予定地の変更を行うことが容易である。例えば、広い海にパイプラインを通す場合、そのルートを多少変更しても問題がない場合が多い。すぐ隣に他人の土地があるわけでもないので、数10メートルずらすのは簡単だ。つまり、遺跡があっても、掘る必要は少ない。陸の開発では、遺跡があったら、発掘などの対応を考える必要があるが、海上はルートを変更のみで終わる。開発業者にとっては楽である。遺跡が出ました、じゃ、ルートを変更で…という話でお金はあまりかからない。

しかし、面白いことに、海外では建設会社は、容易に可能なルート変更よりも、発掘をすることを選ぶことが多い。これはなぜか?もともと、海の上の開発には数億円単位の莫大なお金がかかる。そのため、水中遺跡の調査にすこし余分にお金をかけるのも苦ではないことが多い。言い換えると、陸の遺跡の発掘では、建設業者の負担は、事業全体に占める割合が大きいが、海の開発に伴う水中発掘は、建設事業全体に占める割合が少なくて済む。また、不思議と、海の発掘に惜しみなく資金を提供した業者は市民からも慈善事業として見られ、業者のイメージアップにつながることも多い。

最後になるが、海の建設を行う際には、事前にその土地の地質などの調査を行うのが普通である。この調査には音波探査などによる海底面の調査や、堆積層の確認などがある。これらの調査は、基本的には水中で遺跡の探査をおこなうプロセスとなんら変わりがない。ただ、得られたデータを、考古学見地から見る必要があるだけである。つまり、もともと工事の際に行う基礎データ収集に際して、考古学者がそのデータの提供を受け、分析するだけで、水中遺跡の有無が分かってしまう。陸の試掘のようなプロセスを必要としないのである(というか、工事会社がもともと建設のために探査を行う)

以上を考えると、水中遺跡の探査や発掘などにお金がかかるといのは、嘘であることに気がつくのではないか?確かに、局部的にみるとそうかもしれないが、開発対応の中でみると、陸に比べて幾分かお安く見える。

もちろん、学術調査となると少し話が変わってくるが、自治体や建設業者にとってはそれほど高いわけではない。逆に、なぜ、世界的に進む水中遺跡の保護を我が国で行って来なかったかが疑問である。

もし、水中遺跡の調査にはお金がかかると言っている人がいれば、教えてあげてください。

 

 

 

 

 

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