水中考古学へのいざない カリブの海賊は「荒くれの大男」ではなく意外と小柄だった

毎月連載、産経WESTの、「水中考古学へのいざない」

井上たかひこさんが、毎月書かれている記事。早くも、12回目となりました!今回は、海賊船の話のようです。井上さんの記事を読む前にひとこと。

大航海時代以降、カリブ海で活躍した海賊。実は、海賊船を特定するのはかなり難しいんです。運んでいた積荷が、「略奪品」なのかどうか…きちんとした「商品」なのか。また、れっきとした商船であっても武器は積んでいます。これといって決めてとなる遺物がありません。また、スペインが海賊と呼んでも、イギリスから見れば、英雄である場合もありますし…

歴史資料には、自他共に海賊と認められた(?)人もおり、その海賊船の名前なども記録されています。つまり、ある特定の船を見つけてそれを証明することができないかぎり、海賊船を発見したとはいえません。沈没する過程でバラバラになったり、その後、波の影響でかなり広範囲に遺物が広がっている遺跡もあります。特に、時代が古くなると、遺跡の船の名前を特定することは簡単なことではありません。

文献史料などで沈没地点がある程度分かっていても、近くに別の船が沈んだ可能性も充分に考えられます。実際に、遺跡を調査してみて、全く違う船だったといる話は頻繁に聞きます。また、時代の違う沈没船が重なり合って発見される例もあります。古い例では、トルコのヤシ・アダ沈没船は4世紀と6世紀の船が重なった状態で発見されています。

では、今回の記事では、いったいどんな海賊船の話なのでしょうか? こちらからお読みください!

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