和船船体名称 その1
英語では船の主要な部分にStem(Bow-Post),Keel、Sternpostがありますが、これらは船を支えるバックボーンとなります。和船(弁財船など)ではこれらの部分は何と呼ばれているでしょう? (厳密には多少の機能の違いがありますが船のへさきから後ろに向かって3つの部分に分けられます)
- 水押・航・戸立
- 潮切・航・水押
- 潮切・敷・舷側板
- 上棚・中棚・下棚
- 戸立・中棚・敷
人間の新しい環境に乗り出していく好奇心と挑戦心が物質的にあらわれたもの、それが“ふね”です。考古学は水中であれ地上であれ基本とすることは全く同じです。過去を愛する人、遺物を将来のために守っていく心を持った人の集まりが水中考古学を発展させていくことでしょう。トレジャー・ハンティングや水中考古学まがいのものが日本では認知されてきていますが、考古学の目的は遺跡・遺物の保護です。過去を大切にすること、それが第一原則です。今こそ日本人の海への関心を高めるべきです。地上の重力に魂を束縛された人間の心を解放し、水中遺跡の関心を高めていく。それが私の使命だと考えています。
2005年4月2日 Randall Sasaki
英語では船の主要な部分にStem(Bow-Post),Keel、Sternpostがありますが、これらは船を支えるバックボーンとなります。和船(弁財船など)ではこれらの部分は何と呼ばれているでしょう? (厳密には多少の機能の違いがありますが船のへさきから後ろに向かって3つの部分に分けられます)
現在までに”水中考古学発掘手法”を用いられた調査がなされた世界最古の沈没船の名前は何でしょう?
オーストラリアの水中考古学団体であるAustralasian Institute for Maritime Archaeology (AIMA) と Australian Archaeological Association (AAA) による学会が11月に西オーストラリア・フリーマントルで開かれます。
東アフリカ海岸の伝統的な船にMtepe Lamuがあります。 この船の外板同士の接合方法は?
Hint:アラビア半島やインドの伝統的な船も同じ方法で作られていました。
よく“留学するにはお金が掛かるから...”と聞きますが、大学院レベルでは奨学金やアシスタントシップ、そのほかの仕事などが提供されるため、比較的安くて済む場合もあります。学校側としてもやる気のある生徒を探してるわけですので、多少資金面でバックアップが可能です。そして、大学の仕事はもちろん水中・海洋考古学関連ですから、ピザの配達よりも給料が少なくても実戦や経験を積むためにも大切です。私の場合、テキサスA&M付属の保存処理ラボ(Conservation and Research Laboratory 以下CRL)で働いています。週20時間(ハーフタイム)働くこと、またクラスを9単位以上(フルタイムの学生扱い) 取ることが決まっています。給料はそこそこ出ますが、それに付け加えて授業料が全額免除されます。(人や場合によって条件はいろいろ違います)。
CRlの中の様子です
ここではCRLでの仕事の様子を説明しましょう。
坂本竜馬のいろは丸の調査の報告がされてます。もちろん(久しぶりの)日本語のニュースです。
竜馬率いる海援隊の「いろは丸」は一八六七年、紀州藩の明光丸と衝突し鞆町沖で沈没した。沈没船は一九八八年に地元住民団体「鞆を愛する会」のメンバーが発見。水中考古学研究所が一九八八~八九年、三回の潜水調査で遺物数百点を回収し、沈没船が「いろは丸」であることをほぼ明らかにしていた。とのことです
夏の間にフロリダで行われていた水中考古学実習の話です。 PAST-Foundationという団体が主催しており、12人の生徒が集まりました。フロリダの水中文化遺産保護地区で行われました。この地域には幾つかの沈没船があります。授業は潜水の実習も多少行いましtが、特に保存処理、海底遺跡の保護、そして一般に受け入れやすい展示・企画など水中文化遺産マネージメントを学んだようです。
サンフランシスコで19世紀初頭ゴールドラッシュ時代のものと思われる沈船が発見されたようです。北米地域の19世紀のゴールラッシュとその後の市民戦争は、初期開拓と移民の時代、17~18世紀の社会形成と並んで船舶・水中考古学の重要なテーマとして研究が進んでいます。
星や海の色などを頼りにアラビア半島からインドまでの航海をするはずだった約500年前の復元船が水没したようです。先日お伝えしたオマーンの古代船、”マガン”ですが、水漏れが激しくなったため航海を断念、オマーンの海上保安庁の助けを得ることになってしまいました。今回は残念な結果となりましたが、修理や改良を行い再度挑戦するそうです。
インドネシアで中国の中世の沈没船がまたトレジャーハンターによって引き上げられたそうです。2006-2007年にかけて遺物がオークションで売られます。遺物の種類などから10世紀頃の船だと想定されます。
さて、またこのようにトレジャーハンターによって遺物が引き上げられました。10世紀の船は珍しいので考古学者によってきちんと発掘されなかったのは残念です。水中・海洋考古学の保護に国家がもっと注意を払えばこのような文化遺産の破壊は無かったでしょう。今回の破壊行為によってインドネシア、また日本やアジア諸国が真剣に文化遺産保護に取り組むきっかけになってもらえれば良いのですが...
(Randy S)