巨大な船 2

中国、明の時代に東南アジアやインド洋への大航海を成し遂げた鄭和の巨大な船は有名です。一説によると100m以上もの巨大な船だったといわれています。さて、ところで鄭和ですが、これは彼のもともとの名前ではありません。では、鄭和 …

Santo Antonio de Tanna

1681年に作られた船で1697年にケニアのモンバサで沈没した、Santo Antonio de TannaはINAのチームにより1977-1980年に一部発掘されました。この船はポルトガル人が中心となり作ったのですが、 …

どこの国?

日本軍の軍艦がインドネシアの海域内で見つかったと過程しましょう。この船には80%以上中国人が乗っていたことが歴史的事実としてわかっていました。この船を発掘したい場合、どこの国が最終的な権限をもっているでしょう?

Philospohy of Shipbuilding 002

船を作る順番として最初にフレームを作ってから外板を貼り付ける方法と、最初に外板を組み立ててからフレームを取り付ける方法があります。エジプトのクフ王のピラミッドから発見された船はどちらの方法で作られたでしょうか?またその理 …

KOSUWA

新しくアジア水中考古学研究所が出来ますが、その前にはKOSUWA(九州・沖縄水中考古学協会)がありました。KOSUWAが発足したのは何年でしょう?

More Japanese Ship

数ある考古学資料から日本の古代の一般的な船は丸木舟(単材刳船)だと言うことが分かっています。さて、この丸木船に舷側版(外板)を取り付けさらに発達した構造に進化していきますが、この形態の船を何というでしょう?

深海考古学 その3

さて、考古学では位置をきちんと記録することが重要です。広い海域でももちろん位置を確認することが大事です。GPS(グローバル・ポジショニングシステム)は特に有効ですが、水中考古学調査で直接使うにはある問題があります。 それ …