2. 水中文化遺産保護

さて、水中で文化遺産(沈没船など)を発見しました。 この遺跡は誰のものでしょうか? 日本の近海、例えば瀬戸内海などで沈船が発見された場合はどうでしょう。 日本(地方自治体)に所有権があるのでしょうか? 発見した人のものでしょうか? 地上で遺跡が発見された場合と異なり海上はその土地の所有権があいまいなことが多いため複雑な問題となることがあります。 また、日本の船だとそれほど問題は無いのですが、例えば韓国、中国やヨーロッパの船の場合はどうでしょうか? 沈没した当時の所有物となるのでしょうか?

2004年の4月に旧日本軍の潜水艦を長崎の五島列島沖で発見しましたが、この調査には実はアメリカ軍の許可が必要でした。 なぜかというと終戦の時点で日本が無条件降伏したため日本軍の所持していたものはすべてアメリカ軍のものとなりました。 このために日本の近海であってもアメリカ軍の所有権があるため調査には許可が必要でした(もちろん日本側からも領域内で調査するための許可が必要でした)。 沈没船が国家の領域外で見つかった場合は一体どうなるのでしょうか? 誰の所有権も持たない海域ではどのような処置がとられるのでしょうか?

国際法が制定されるまで基本的には今までは発見した人(団体)が所有権を保持することが基本でした(なぜだか分かりませんが昔からそうだったようです)。 1958年に海上における国際法が制定されましたが海上航海の自由、ケーブル施設の自由などが認められましたが、文化遺産に関してはなにも決められませんでした。 そのため1960年代以降トレジャーハンターが活発になり多くの遺跡が破壊されました。 トレジャーハンターは遺物の金銭的価値に興味があり、船の構造や遺物の位置などは全く記録せずに欲しいものだけを引き揚げていました。 1982年に国連で新しく国際海上法が制定され、国家の領域内での文化遺跡の保護、また領域外でも遺跡が何らかの形で保護され、沈船はその元の国家が責任を持って対処することが決められました。

国際法の制定によりある程度盗掘は避けられるようになりましたが、遺物売買が禁止されたわけではないのでトレジャーハンターが国家から許可を得て法の下で発掘するケースが増えました。 そして、トレジャーハンターも非難されるのを嫌がり、”考古学的”発掘をするようになりました。 基本的には簡単に全体図を作成したり写真などで記録を残すなど、発掘の成果も出版されるようになりました。 しかし、遺物は売られ、また遺物中心の”考古学まがい”でしかありません。

1990年代に入り、UNESCOの国際水中文化遺産保護のために本格的に協議されるようになりました。 この条約はまだ可決されていませんが可決されればトレジャーハンターで失われる遺跡の数は格段と減ることが期待されます。 しかし、広い海上において違反行為を見つけることは難しく、また取り締まりのメカニズムについてなどはほとんど触れられていません。 また、水中遺跡は”専門的なスタンダート”で発掘されるべきであると定義されているものの、そのスタンダード自体はどうやって決めるのかなど問題点が幾つかあります。 しかし、水中文化遺産を保護するための大きなステップであることには間違いありません。 

1982年のUN Law
of the Sea の解説です。

UNESCOの水中文化遺産保護法。

One Comment

  1. エクセル写経

    建設業をしていた最首と申します。

    日本において戦後の国産商品や完成品を作る工場が海外に出たことで、資源の無い日本の国において住民の役割としての仕事探しを考えていたのですが、

    明治以降艦船は鋼材を使っていることから、沈没船を引き上げることで仕事になるのではないかと考えました。

    明治以来製鉄は鉄鉱石を溶かして鉄を作ってきました、沈没船を引き上げれば鉄そのものが取れるのではと考え、引き上げる方法や資材を作ることが出来れば資材作りと引き上げる船を製鉄所に鉄くずとして売れるのではと考えました。

    いろいろと機材などの開発を必要とするだろうけれど、もし実行される環境が出来たとき障害が生じるでしょうか?

    特に日本の周りには太平洋戦争で沈没した商船や戦艦などがあるだろうと思いますが、海底を掃除する感覚ではいけないのでしょうか?

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