船の基本

水中・海洋考古学、または海事史考古学が“得意”とする船について、簡単な解説をする。船を研究することは実は船を作った社会・文化を学ぶことなのであるが、それを理解するには船のデザインの基本を知っておかなくてはいけない。船とはなんであるか、そして船をデザインする上で何が重要なのかを書いてみる。船を知っている人にとっては当たり前のことだろうが、考古学者で船について詳しい人は珍しいようである。船は使い方、その目的によって形や構造が変わってくる。逆に言えば考古学発掘からその船のデザイン――なぜ船がそのように作られたか――を導きだすことができる。それさえわかれば、船の渡航目的、何を運んでいたのか、なぜ沈んだのかなどを解明する重要な手がかりとなる。まず、デザイン上の大きな違いを説明する。船の使用目的によって船の形は変わる。人が船を作るときにはいろいろなデザイン・構造があるが、その中から最善かと思われるものを選び作るのである。つまり、船の構造がわかれば船を作った文化がわかるのだ。それが海事史考古学の醍醐味だと思う。

船とは何であるか?船の目的はただ一つ、水を隔てた二つの土地を結ぶものである。点Aから点Bまで人やモノを運ぶ。安全に運べれば良い訳で、豪華な作りなどは必要ない。水の上は非常に効率の便利が良いところである。船は風や波の力、自然のエネルギーを利用する。船さえあれば労力(動物や人)を使う必要がなく、大量の荷物を運ぶことができる。そのため、古代・中世の都市は貿易の拠点として港や川沿いの町が発展して出来上がった。船は人と人をつなぎ、文化の伝播にも重要な役割を果たした。山を越えるよりもはるかに楽に効率よく点と点を結ぶハイウェイである海(または川や湖)を利用するための“乗り物で”ある。これが最も一般的な船であるが、中には戦うための船、つりのための船、そして、現代のクルーズ船のようにゆとりのある空間(?)を提供するサービス専用の船もある。
船をデザインする上で、使用目的だけでなく、どのような環境で航海を試みるか、また、舵の形式・マスト・オールなどの有無によっても船の形は変わる。ここでは特に海事史考古資料の一番多い商船と戦艦についてのみ話を進める。最初に船の目的、環境、舵やマストなどの違い、そしてその他の考慮に入れるべきものをまとめて解説する。また、これらの考慮をすべて考え、目的、環境、船を作る技術・資源、安全性も考えなくてはならない。
船に求めるものは何か、それを考えると、どれだけものを積むことが出来るかとどれだけスピードを出せるかが主な必要事項かと思う。一番荷物を運ぶのに効率が良い形は箱型である。箱には無理なくモノを詰める。正方形は特に良い。スピードを重視するのであれば長細い形が良い。長く大きな船はスピードが出る。(なぜなのかは数学や物理など説明が長くなるのでここでは詳しく説明しない)正面から来る波を巧く二つに“切る”ことができるため波の抵抗が少なく、効率よくスピードが出せる。ガレオン船や大航海時代の商船は箱型であり、近現代の駆逐艦や古代ギリシャの戦艦などは細長い形をしている。
船を使用する環境もまた船のデザインを左右する。航海、特に荒海に出る場合には重心が低く、その重心が安定しているほうが良い。これは船が大きく揺れた際、反動ですぐに起き上がることが出来るからである。そのため、断面図で見るとV字型の船が良い。V字型の船はしっかりとしたキール(竜骨)を持ち、コースを固定して安定した航海が可能である。しかし、V字型の船は浅い海には不向きである。船底が浅瀬に乗り上げてしまう可能性がある。そして、Vの形は荷物を入れるスペースが減ってしまい、あまり効率が良い商戦とは言いがたい。その反面、浅い場所(湖など)で利用する船は、平底で四角い船で充分である。底が平らな船は、どこへでも行くことができ、海岸まで乗り上げることができる。しかし、波が高かったりすると安定性がなく、またコースを取りにくい。

古代ギリシャの船と舵、大航海時代などの船と舵の形

次に舵・マスト・オールなどについて解説する。舵は船の操作に必要不可欠な道具である。舵に流れる水が効率よく当たらないとうまくコントロールできない。うまくコントロールするには舵を自在に操る技術、また必要な時にはしっかりと固定する技術が必要である。ここでは3つのタイプ(古代ギリシャ・ガレオン船・中国ジャンク)の舵と船の構造を見てみよう。古代ギリシャでは船尾で舵を固定する代わりに左右に舵をつけていた。船の両側に水の流れがあればよいわけで、先頭は尖っているが船尾は丸みを帯びている。これは船尾で無駄な水の流れが起こらないようにするためでもある。ガレオン船などになると、逆に先頭は丸みを帯びているが、船尾は引き締まっている。これは先頭から流れる水を船尾一箇所に集める働きがある。ご存知であろうが、当時の舵は船尾に直接つけられていた。では、中国のジャンク船はどうかというと、その中間であるといえる。ジャンクは舵を船尾に取り付けてはいたものの、取り外し可能、また、つりおろすことも出来た。これは、舵を下ろして(キールのように)重心を多少下げて船を安定させることが出来るのである。つまり、ジャンクの舵の場合、船の形はあまり関係がないが、平底でも沖に出てしっかりとコースが取れる。もちろん浅瀬当たる前に舵を引き上げれることができる。このように工夫された中国の合理的技術(一石二鳥)の賜物である。これは中国が重たい舵を自在に操ることができる技術を保持していたことといえる。舵の形で船の形や使用目的がいろいろと変わるのは歴史的・文化的に非常に興味深いことであろう。マストやオールなども船の形に影響を及ぼす。マストが発達してくるのと時を同じくして、キールも発達してきた。マストの本数などによっては重心の置き方などが変わってくるだろうし、漕ぎ手がいればその場所の確保、そしてオールの角度なども関係してくる。古代ギリシャの軍艦などスピードを重視した船は漕ぎ手が多いほどパワーが出るが、どのように配置するかも問題である。一人でオールを一つ持つのか、3人でオール一つか?3人を横に並べると幅が広くなりすぎるし3段にすると高くなり安定性がなくなる、そして、1列に並べすぎると長細くなりすぎてしまい操作性を失い、またもろくなる。箱型に近いほうが頑丈ではある。

平底の船のモデル

V字形の船のモデル

ここで見てきたように船はその目的、環境、技術などによって大きく変わる。また、安全性などもおおきデザイン上の課題であろう。湖などで短距離に使う船はそれほどたいした構造をつくる必要はないが、大西洋などを渡る場合は航海に耐えられる構造でなくてはならない。大きな船のほうが効率が良くまた早くモノを運べるが、それだけ大きな船を作る必要と技術があるのかを考えなくはならない。運ぶ商品が無いのに大きな船を作るような無駄な努力はしないであろう。ローマ時代にイタリアのネミ湖に100mを越す巨大な遊船が作られた。これは湖でしかも動く必要がなかったためと、ローマの莫大な富と権力があったから可能であった。また、技術的制約もある。V字の特徴を持ち、また平底の特徴をも備える船が理想であるが、そのような形は徐々に発達して来た。船の断面図でワイングラスのような形がローマ時代に作られ、その後、真ん中が膨れた形などが大航海時代に作られるようになった。このように箱型に近く(運搬性能向上)そしてV字でもある(航海性能向上)形を作るには発達した造船技術が必要であった。重たい大砲なども上部に置くとなると、それも考慮に入れないといけない。船は重心が低いほうが安定するのだから。ヴァーサ号は上部が重すぎたためストックホルム港内で処女航海中沈没した。大きな船になるとそれだけ船の形なども複雑なカーブを作る必要がある。船を作る場合、技術的制約、またそれだけの経済力がなくてはならない。大きな船が作れるからと言って作るわけではない。それ相応の目的や技術、社会が存在して初めて船ができる。

ワイングラスのような形はローマ時代に主流となる。船のカーブなど技術的制約がある

大航海時代の一般的な船の形

ここでは船とはなんであるか、船の構造・デザインを重要で基本的なことを中心に解説した。このように船のデザインには様々な要素が織り込まれており、一言にV字型だ平底だなどといえない面を持っている。それぞれの形やデザインに特徴や当時の技術、そして人々の知恵とその船を選択した理由がある。それは技術的制約だけでなく、船の目的・環境・文化・経済や社会構造など様々な要素があってはじめて特定の船が作られた。船を研究することによってその船の構造、デザインの裏側にあった社会を見ることができる。船は産業革命前まで最前線の技術を持って作られた。それは、船が最大の木造建造物であったからである。社会・文化無しには船は作れない。ひとりでは船は作れない。そのため、船の構造には船を作った社会構造が反映されている。船を学び失われた文化社会の歴史を学ぶそれが海事史考古学者が船を研究する目的である。

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