水中考古学を定義する

日本では”水中考古学”という言葉が使われているが、多少定義する必要があると思う。水中考古学という定義が曖昧であるために理解されにくいところがあると思う。これはあくまで私、個人の定義であって他の人は別の定義の仕方があることを最初に理解していただきたい。しかし、ここで提唱する定義はアメリカやヨーロッパでのごく一般的な“水中考古学”の解釈なので、世界に通用する定義でもある。基本的なことは他の記事でも同じようなことを書いているがここであらためて述べてみることにした。

英語では一般的に”UnderWater Archaeology”とでも言おうか。日本で言う水中考古学はこの直訳であると思う。考古学の一分野であるため、考古学的手法を水中にも持ち込んで発掘をすることと言える。しかし、Underwater Archaeologyとはおかしなもので、水中に遺跡があればそれでいいのか?ということになってしまう。であれば洞窟の遺跡を掘れば洞窟考古学になり砂漠に遺跡があれば砂漠考古学というのであろうか?考古学の一分野として確立するには発掘技術だけの区分では何か物足りない気がする。水中には様々な遺跡が存在する。沈没船もあれば港、または過去には陸上だった遺跡が現在は水中にある場合もある。そのため、いくら技術的制約があるにしても研究の幅が広くなりすぎてしまう、弥生の遺跡を掘った後、近代の沈船も掘り、中世の港もサーヴェイをする、となると専門は何なのかと聞かれそうである。また、例えば、縄文の水中遺跡を勉強したいとしよう。何のために“水中”を発掘するのか?という疑問が起こるであろう。陸上に幾つも遺跡があるためわざわざ水中を掘る必要がないといわれてしまう。また、水深の浅い遺跡であればダムを作り普通の陸上のように発掘ができる。この場合、水中考古学者が発掘に必要なのか?なぜお金を掛けてまでする必要があるのかと。水中にあるものはほうっておけば保存されているのだから...(実際には違いますが)。そして、水中ではちゃんと記録が行えるのか?海外の水中考古学を見てもただ遺物を引き上げてるだけではないか? (これはトレジャー・ハンターの活動が海外では活発であるための誤解でしかない)。これが、現在の一般の水中考古学の解釈に近いと思う。実際に私も昔は何となくこのように考えていたので無理もない。それには水中考古学の理解力のなさが原因であり、もっと一般に水中考古学とはなんであるかを知ってもらう必要がある。 

ポルトガルのPepper-Wreck (Photo From Dr.Castro INA)

水中考古学とは陸上だけにとらわれない海からの視点で考古学遺跡を解釈していこうとするものである。実は水中考古学の中には幾つか細分された分野がある。一つは“船・海事史”考古学である(Nautical Archaeology)。これは沈没船、港、などを主な発掘対象とし、船の構造の変遷、人と海上生活の関係を学ぶ。そして海上交通が文化、歴史に与えた影響を研究する学問であり、とくに造船技術がメインである。このほかに似たものでは海洋考古学がある(Maritime Archaeology)。 これはNautical Archaeologyと似ているが、船だけではなく海岸沿いに生活していた人々の考古学も含むものであり、人と海(または湖や川)との関係を解釈していく。なぜ、そこに人が住んでいたのか、何のメリットがあったのか、どのような生活をしていたのか?などを研究する。NauticalでもMaritimeでも水中には全くこだわっていないことを注目してもらいたい。船が山の上から出土すればNautical Archaeologyであり、なぜそこにあったのか、そしてその造船技術も、もちろん研究する。Texas A&Mの学生の中でも全くSCUBAが出来ない人が多くいる。結局は水中にあるから遺跡を掘るのではなく、たまたま研究対象となる遺跡が水中にあることが多いためその発掘の手段のためSCUBAやサーヴェイの技術などテクニカルな物事を学ぶのである。簡単にいえば研究対象が人と水とのつながり、お互いどのように影響し文化・歴史を形成していったのか、それを学ぶ学問である。つまり、水中考古学とは陸上だけに拘らず、目を大きく海に向け、遺跡形成の要因、歴史変遷を考え直す学問なのである。

船の形の違いによっていろいろな研究が出来る。船の基本についてはこちらの記事をご覧ください

水中考古学の研究として貿易ルートの解明、そのメカニズムについてなどが一般的である。地上の発掘だけから貿易ルートの解明は難しい。もちろん実際にはこれほど単純ではないが,船には様々な物資が各地から集められ積まれて対岸についた後はまた各地に散らばる。これを図にしてみるとちょうど“木”のようにも見える。地上の遺跡を幾つ集めてもそれは木の枝や葉の部分でしかない。水中考古学(沈没船)は“木の幹”を発掘できる。 木の幹は一回の発掘で貿易のメカニズムの解明に大きな役割を果たす。例えば、縄文時代後期から様々な異文化の技術が日本にもたらされたが、そのメカニズム、誰が何をどのように、どうやって運んだか、またその量は?など具体的に解っていない。この謎を解く鍵は水中に眠る沈没船である。そして、これらの謎とともに“なぜ”日本に文化がもたらされたのかを説くことも可能ではなかろうか?

しかし、水中での発掘技術、遺跡を探すためのサーヴェイ、そして遺物の保存処理はやはり水中遺跡を保護していくためには欠かせない。遺物・遺跡が見えにくいため知らぬ間に破壊されていくことがある。それを防ぐにはサーヴェイが欠かせない。サーヴェイとは遺跡の有無の確認、分布調査、引き上げを伴わない事前調査をいう。(サーヴェイについてはこちらLINK)
これにも技術やテクノロジーのノウハウが必要である。サイド・スキャンソナー、マルチ・ビーム、磁気探査や水中ロボットを使って行う。これらは海洋学の専門技術も必要となる。 最近は発掘する必要がないものはそのままの状態で保存するのが基本である。わざわざ引き上げても遺跡を逆に傷つける結果となることがある。地上でもそうだが、埋まっていればある程度は安定している。例えば沈没船などを発掘するとその遺物の量、種類は膨大である。そして、それぞれに対して実測、記録を取る。一番重要なのは“なぜ”船に積まれたのかを考え、その歴史の流れの中での重要性を考える。また、“なぜ”その場所にその船があったのか、目的はなんだったのかなどなど解釈しなくてはならないことが多い。そのため実証主義よりは人類学的・歴史考古学の手法をとる。遺物一つ一つを細部まで研究することも重要だが、多くの場合予算の関係や時間的制約によりリサーチテーマを絞って研究が行われる。そのため発掘をする前になぜ発掘をするのかを吟味しなくてはならない。さらには遺跡の状況、人が今後遺跡に及ばす影響を正確に判断することが要求される。そして、発掘するほうが遺跡を保護できるのであれば、行う。

水中を探査する機器にはいろいろある。用途に合わせて使い分けることが必要。

いざ発掘が決まったあとで、発掘のプランをしっかり立てることも重要である。グリッドの設置、記録方法を決めるなどなど。だいたいドレッジを使って発掘する。ようはバキュームであり、空気・水の流れをポンプなどで作り砂を吸い上げるのである。勘違いされるのは、これを直接砂につけ吸い上げると思われていることである。状況にもよるが、普通は手などで丁寧に発掘し、舞い上がった砂をポンプで吸い取るのである。砂を除去した後は記録をきちんと取る。細心の努力、そして出来るかぎり最新の技術をもって記録する。記録を残さないと言うことは遺跡の破壊と同じであり、盗掘である。(記録についてはこちらLINK) そして、遺物を引き上げる。遺物は長い間水中に浸かっていたためボロボロである。大きな遺物などは引き上げるのには努力と前持った計画が必要である。水中の遺物は陸上と違い、保存処理が重要である。(保存処理についてはこちらLINK)
遺物の性質が変わるためである。金属などは錆び付き、特に鉄は鉄分が抜けてしまう。このとき、周辺にある砂、貝殻、または他の遺物と結合して、コンクリーションというものをつくる。 見た目は石膏やコンクリートの塊のようにみえるが、これは鉄分と塩分が反応して出来るもので、中には鉄が残っていないことが多い。つまり、てんぷらの衣、または、せみの抜け殻のようなものしか残っていない。この遺物の抜け殻は保存処理の仕様がない。今のところ、型を取るなどが行われている。また、有機物は水分を含み、スポンジ状になる。これをそのまま乾かすと遺物が崩れるので糖アルコールやポリエチレングレコール、またはシリコン・オイルなどで遺物を室内で展示できる状態にする。遺物によってはこのプロセスに何十年も要する場合がある。これを考えると、水中考古学はやはり技術面にもこだわりをもって研究しなくてはならないといえる。

フナクイムシなどに食われ、木はぼろぼろになってしまう。また、釘などは錆、コンクリーションを形成する。この上にボルトのように見えるのがコンクリーションであり、実は隣にあった数本の釘と一体化しており、もとの釘の大きさは1辺1cm未満の正方形の釘である。

これらを考えると、水中考古学とは(以前にも何度か書いているが)チームワークが大切である。それぞれ基本的な海からの視点を学び、考古学的考え方、そしてサーヴェイ、発掘、保存処理、遺物の実測、与えられた情報の解釈の方法、歴史的位置づけの考え方などを一通り学ぶ。その後で、自分に得意なもの、興味のあるものを見つけ、それを研究していく。そして、他の分野の研究をしている人にも水中考古学の考え方を教えるべきであろう。特にサーヴェイや保存処理などは技術的になるので、その分野の専門家と共に研究を行うことも考えるべきである。非常に学際的な分野であるといえるのではなかろうか? 

水中考古学とは“水中の発掘”をする考古学ではないことを理解していただけたと思います。歴史・文化人類学的思想を持ち込みながら人と海運の歴史を探る。もちろん遺物ありきの考古学である。そして、調べるものの多くは水中にある。そのため水中に潜ることが多い。研究のおおきな流れとしてはリサーチクエスチョン(研究課題)の吟味、サーヴェイ、そして発掘を行うのであればその後の保存処理と遺物の実測・記録。また、出版・展示などで一般の人々にも歴史の重要性を知ってもらうことが最も重要であることは言うまでもないだろう。一文で水中考古学を定義すると次のようになる。水中考古学とは人類と水(特に海)との関係を調べる考古学・歴史学の一分野であり、構造物や技術史にこだわらず、海が歴史・文化に与えたその影響力を解明していき、その目的のためにサーヴェイ・発掘・保存処理などの技術開発をも含めた総合的な学問である。 

«
»
 

トラックバックURL

コメントを書き込む