知られざる交流 日本海

金沢大学とロシアの考古学者が8-9世紀に栄えた国で「渤海(ぼっかい)」の調査を合同で行うことを発表したそうです。詳しいニュースはこの下に掲示してあります。

さて、なぜ海洋考古学にこのニュースと関連があるのか?と思うかもしれませんが、実は重要な研究のテーマです。海と人がつながって交易を行う、つまり海と人の関係であります。また、2国間で考古学調査を行う場合、陸上の遺物・遺跡は貿易のそれぞれの”点”でしかありません。しかし、沈没船んが発見されればメカニズムが解明されます。どのような船で、誰が、いつ、どのくらいのものを、どのルートで運んでいたのかが分かります。また、水中では有機物の保存がよいため、地上では残りえない遺物も残ります。

沈没船の発見にはサーヴェイが重要です。貿易ルートの解明を行い、沈没船がどのあたりで起きたかを文献などから調べます。その後、磁気探査機やソナーなどを使い海域を調査します。このような調査も大学で行ってほしいものですね。そのためには考古学者がもっと学際的なアプローチを取り、海洋学者やエンジニアの分野と合同研究を行う必要があります。

北國新聞社

2006年10月7日更新
——————————————————————————–
渤海研究で協定 金沢学院大とロシア科学アカデミー 出土品分析などで協力
 金沢学院大とロシア科学アカデミー極東支部はこのほど、八―九世紀にロシア沿海地方を中心に栄えた国「渤海(ぼっかい)」の考古学調査を共同で進めることで協定を締結した。渤海は奈良―平安前期の日本に加賀や能登の港を経由して使節を派遣している。共同研究では遺跡地図の作製や出土品の分析を進め、古代の石川を舞台とした「もう一つのシルクロード」の全容解明を目指している。

 金沢学院大美術文化学部文化財学科の小嶋芳孝教授(考古学)が担当する協定は、今月一日に発効し、実施期間は二〇〇八(平成二十)年三月三十一日まで。今年度は沿海地方にある渤海の遺跡の情報を収集し、遺跡の位置を記した地図を作る。出土した渤海土器や、金属・ガラス製の装飾品を化学分析する。

 ロシア科学アカデミー極東支部の研究員らはこれまでも発掘調査を進めているが、日本のように論文や報告書としてまとまっておらず、体系的な研究が遅れている。小嶋教授は日本の埋蔵文化財調査の手法を指導し、ロシア側の渤海研究を推進したいと考えている。

 小嶋教授は約十年前から中朝国境に近いロシア沿海地方の海岸にある遺跡「クラスキノ土城」の発掘調査にかかわってきた。この遺跡は渤海時代に港だった塩州城の遺跡で、塩州城から日本に向けて出港した使節は、越前国加賀郡の郡津(金沢市の畝田・寺中遺跡とされる)に入り、帰途は能登国羽咋郡福良津(現在の志賀町福浦港)から塩州城に向かったという。

 同時代に日本が中国に派遣した遣唐使は十数回だったのに対し、渤海から日本に来た使節は三十三回、日本から渤海に行った遣渤海使は十三回で、大陸と日本を多くの人や物、情報が行き交う重要なルートだった。小嶋教授は「ロシアとの共同研究で、石川の出土品との関係も明確になる可能性がある」と話している。

引用元:http://www.hokkoku.co.jp/_today/H20061007005.htm

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です