準構造船を復元する

古墳時代に活躍した船、準構造船の復元が行われているようです。刳り船をベースに外板を足した船で、これ以降の日本の船の基本となる船です。兵庫県で復元が進んでいます。多少の考古学資料もありますが、主に埴輪や絵などを元に推定して復元を行う予定。実際の考古学資料がないのが少し残念ですが、埋立地や河川などの工事の際にきちんと事前調査などが義務化されるのであれば、もう少し完全な船の発見も可能でしょう。機会があれば見たいです。

古代船:復元進む 長さ11メートル、今春完成--新温泉町の尾崎造船所 /兵庫
1月15日13時2分配信 毎日新聞

 豊岡市出石町の袴狭遺跡から出土した4世紀初め(古墳時代前期)の線刻画に描かれている古代船を復元する取り組みが、新温泉町諸寄の「尾崎造船所」(尾崎昌道代表)で進められている。縄文時代の丸木舟から板張りの船に発展する段階の「準構造船」で、長さ11メートル、幅1・3メートル。今春の完成後に試験航海を経て、秋にオープンする県立考古博物館(仮称、播磨町)に展示される。
 89年に出土した袴狭遺跡は、弥生から平安期の国内有数の祭祀(さいし)遺跡。00年になって、長さ約2メートルの木板に15隻の船団が描かれているのを、整理していた県教委埋蔵文化財調査事務所の職員が見つけた。古事記などに朝鮮半島から渡来した新羅の王子として記されている「天日槍(あめのひぼこ)伝説」とも関連付けられ、外国との交流を解明する手掛かりの一つとして、貴重な史料だ。
 今回制作されている準構造船は、丸太をくり抜いてつくる丸木舟の舷側に板を載せるなどして、高波に耐えられるよう工夫が凝らされていることが特徴で、板を並べて船底をつくる「構造船」の前段階に該当する。考古博物館の開設準備室が、展示品の目玉の一つとして、この線刻画を基本に、全国の遺跡から出土した船や舟形はにわ、他の絵画などの同時代資料を参考に設計。但馬地方で木造船の建設技術を持つ尾崎造船所が制作を引き受け、アメリカ産の米松を愛知県内で製材して同造船所まで運んだ。現在は丸太をくり抜く作業まで終わっており、3月までには、ワニの口のように開いた船首や舷側などが取り付けられる。
 尾崎代表は「博物館に展示する前に一度、船を浮かばせて皆さんに見てもらえる機会を設けたい。古墳時代の船乗りになった気分を味わってもらえれば」と話している。【竹花義憲】
〔但馬版〕

1月15日朝刊

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070115-00000202-mailo-l28

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