なぜ水中考古学?

なぜ今、水中考古学が必要なのか? まず、船がない世界を想像してみて下さい。 目を閉じてしばらくゆっくりとどんな世界になるか考えてみましょう。 日本は言わずと知れた島国ですから、島から島へは渡れません。 イギリス、インドネシアやオーストラリア、様々な島や大陸が無人島として存在している世界です。 日本はもちろん氷河期の後から完全に孤立しています。稲作の文化、鉄器などは日本にはまだないかもしれません。 今でも縄文人のような暮らしをしているのでしょうか? 世界各地で孤立した社会、文明が発達しているでしょう。

船は人と人との交流だけではなく物資の輸送にも役立っています。船ほど安く、また大量に物を運べる乗り物はありません。 船がなくては大きな物を運ぶことは出来ません。 例えば車が開発されても、重油を運ぶタンカーもありません。 歴史の授業を少し思い出してください―古代の文明、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河、インカなど―これらの文明の共通点はなんでしょうか? 川に沿って発達した都市であったことです。 なぜ川が必要だったのでしょうか? 交通の便が良かったからです。 船を使って人々が行きかうところ、物資が運び込まれ貿易が栄え、そして新しいアイディアや技術が人から人へ伝えられていきました。 世界地図を出して川、湖、海が近くにない都市を探してみてください。 幾つ見つかりましたか?船は人間が生きていくためには欠かせないものなのです。

小さな丸木舟を除いて船は一人では作れません、何人もの共同作業によって作られます。 町や村が船を作るとき、それぞれが分担し、共同の財産となります。 船は産業革命以前では人間が作った道具の中では最大のものであり、また最も作るのに技術を要しました。 基本的には船の目的は変わっていません。 船は人や物を運ぶための手段でしかありません。 人間の生活の一部として船は石器時代から使われてきました。

このように重要な船の歴史を知っている人はどれ位いるのでしょうか? もっと研究の対象となってもいいのではないでしょうか? 世界各地では様々な沈没船が考古学的に発掘され研究されています。 西欧諸国では水中考古学は大学などでも専門的に学ぶことができます。 海洋考古学の発祥の地、地中海では2000隻以上の船が何らかの形で調査・確認されています。 アジア各地でもタイ、マレーシア、フィリピン、中国、韓国などでは沈没船が発掘され、水中考古学がれっきとした学問としての道を進み始め、そして認められ徐々に発展してきています。 

韓国新安沈没船の断面図を3Dモデル化したもの

日本の水中考古学はどうでしょうか? 日本で私が水中考古学をしていると言うとたいていの人は”宝探し“の一種か水中遺跡まがいの構造物の調査をしているのだと勘違いされます。 実際に日本で水中考古学一筋で生活をしていくことは今のところ不可能です。 なぜなのでしょうか? 瀬戸内海など調べればたくさん沈没船が見つかるはずですし、日本は昔から中国や韓国と交流を続けてきました。遣唐使船、朱印船など様々な船が歴史には登場します。これらの船の構造などについてはほとんどわかっていません。

船は地上の遺跡と違いその時間的な広がりが限られています。 船はタイムカプセルのように一つの歴史のイベントを海の中に閉じ込めています。船で貿易、または旅行をする際、無駄なものはほとんど持っていかないのが普通です。 船は限られた空間しかないので、人々がそこで生活をする場合、必要最低限以外のものは邪魔になります。 つまり、沈没船から発掘される遺物はすべて過去の人によって必要だったために船に持ち込まれたものです。 そこには小さな生活の一部があり、社会があったのです。水中で遺物は地上に比べ保存される可能性が高く、地上ではほとんど残ることがない生活の遺物が見つかるのです。 これらの情報は地上の遺跡と比較し、研究していく必要があります。

水中考古学の問題点を挙げてみると、まず地上の発掘に比べ資金が掛かることでしょう。 1日に限られた時間しか作業できません。 また、保存処理にも費用が掛かります。 水中にある遺物は海水(特に塩)との化学変化により本来の姿からは想像もできないほど変形してしまうこともあります。 また、木材などはフナクイムシに食われ、水を含むため、スポンジ状で見つかることがほとんどです。 これらの遺物には保存処理を施すため時には十年以上掛かることもあります。また、遺跡が見つけにくいということも水中考古学の発展を妨げる一つの原因となっています。埋立地を作るときや、橋を架ける際、地上と同じように考古学的に調査をする必要があるのです。 日本を代表する船が橋の下にあったのかもしれません。 ソナーや他の技術を使ってサーヴェイをすることが出来ますが、人々の水中への文化遺産への関心がないとなかなかプロジェクトをはじめることが出来ません。 これらの問題があったからといって日本の文化遺産を無視してもいいのでしょうか?

日本にはすばらしい航海の歴史があったのは確かです。 それを見過ごすわけには行きません。

長崎県鷹島から発掘された船材の一部。 釘が同じ場所に二度打ち込まれている、修復した跡か?

人間の新しい環境に乗り出していく好奇心と挑戦心が物質的にあらわれたもの、それが“ふね”です。 昔、海が今日の宇宙のように世界を隔てていた時代がありました。 昔の人にとって、船は“宇宙船”であったのではないでしょうか。水中での発掘はまるで宇宙にいるよう錯覚するときがあり、そして、発掘しているものは過去の宇宙飛行士の形見なのです。考古学は水中であれ地上であれ基本とすることは全く同じです。 過去を愛する人、遺物を将来のために守っていく心を持った人の集まりが水中考古学を発展させていくことでしょう。 トレジャー・ハンティングや水中考古学まがいのものが日本では認知されてきていますが、考古学の目的は遺跡・遺物の保護です。 過去を大切にすること、それが第一原則です。 今こそ日本人の海への関心を高めるべきです。 地上の重力に魂を束縛された人間の心を解放し、水中遺跡の関心を高めていく。 それが私の使命だと考えています。

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