トリビア

水中文化遺産の保護

[ 問題 ]

国連(UN)が定めたLaw of the Sea では水中文化遺産保護を唱えています。この国際法には問題点があります。その一つにはEEZ(排他的経済水域)については曖昧であることです。そして、もう一つの問題点とはなんでしょう?

  1. 遺物の売買を1950年以降の沈没船について認めている。
  2. 遺物の売買を発見の時点から100年前以内に沈没した船に関しては認めている。
  3. 保護の管理のガイドラインがなく、またどこの国が中心となりこの法律を執行するかが定められていない。
  4. 保護のガイドラインはあるが、どこの国が中心となりこの法律を執行するかが定められていない。
  5. この法律に加盟した国の沈没船のみにおいて保護が適応されるため、採択していない国の沈没船は保護の対象外となる。


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金属 保存処理

[ 問題 ]

金属、とくに鉄が海水につかると錆びます。長い間浸かっていると、周りの砂や貝などを取り込み、てんぷらの衣のように錆びの塊が膨れ上がったようになります。この錆びの塊のことは何と呼ばれていますか?

ちなみにこちらがそれです

  1. コンクリーション
  2. バラスト
  3. バルクヘッド
  4. ギネス
  5. ラスティクル


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海外へ旅をした日本人

[ 問題 ]

1606年、ポルトガルで沈没した船、Nossa Senhora dos Martires,ことペッパー沈没船(胡椒が主な積荷だった)には日本人が乗っていました。彼は西洋風な名前で知られています。

  1. Andrew
  2. Barreto
  3. Peter
  4. Miguel
  5. Manuel


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沈没船から花粉などを採集

[ 問題 ]

アメリカ独立戦争中にバージニアのヨークタウンで沈められた船です。水中考古学で初めて花粉や植物などを沈没船内のシルト層などから採取し体系的に研究しました。

  1. Ulu Burun
  2. The Betsy
  3. The Heroine
  4. The Defence
  5. Ko Si Chang


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Uluburun Shipwreck

[ 問題 ]

現在までに発掘されている最古の沈没船ウルブルン(3300年前)ですが、この発掘に掛かったダイブ時間の合計は?

  1. 750時間
  2. 5200時間
  3. 9520時間
  4. 22500時間
  5. 47850時間


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Wen-Amun

[ 問題 ]

12世紀BC頃のエジプトからWen-Amunという商人がByblos、現在のパレスチナ地方やレバノンのあたりに木材を買い付けるための取引に行った記述があります。彼はちょっとした過ちから身を追われることになってしまいました。そこで彼はAlasiya(アリシャ)地方(呼び方は多少訳により異なります)に逃亡し逃げ切ることに成功しました。このアリシャとは何処のことでしょう? ちなみにこのお話はエジプトが外交の力をすでにこの頃には無くし、逆にパレスチナなどが貿易で力を得ていることが伺えます。
Hint ここは銅(Cu)の産地として有名な場所です。

  1. 現在のリビア周辺
  2. シナイ半島
  3. ジパング
  4. キプロス島
  5. クレタ島


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Ma‘agan Michael

[ 問題 ]

先週のクイズ(壊れたから沈没したわけで…)に関係した問題です。
イスラエルのMa‘agan Michael沈没船で船の構造の歴史を語る上で一番重要なポイントとはなんでしょう?
Hint 紀元前5世紀の沈没船です。

  1. 船の底に近い部分は釘を使い、船の上部では釘を使い外板同士を固定した。 これは鉄が水に触れると錆びるのでその防止として行った。
  2. キールと舳先、そして船尾のつなぎ方が釘を使い固定をしてあったのに対し、他の場所は縄を使用していた。これは、船大工がこの部分の接合には縄を使った程度の接合で充分あると判断し、外板同士の組み合わせなど構造上重要な場所に高価な釘を使用した。
  3. キールと舳先、そして船尾のつなぎ方が釘を使い固定をしてあったのに対し、他の場所は縄を使用していた。これは、船大工がこの部分の接合には多少高価ではあるがより確かな接合方法として釘を選んだと考えられている。
  4. キールと舳先、そして船尾のつなぎ方が縄を使い固定をしてあったのに対し、他の場所は釘を使用していた。これは、船大工がこの部分の接合には“釘”を使った“新しい”建築方法にはまだ自信が無いと考えられ、昔ながらの方法を取ったと考えられる。
  5. 船の底に近い部分は釘を使い、船の上部ではを縄を使い外板同士を固定した。これは釘が高価であったため、水漏れを防ぐためにも強固な釘を使用したが、水漏れの心配がない上部では安価な縄を使用した。


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壊れたから沈没したわけで…

[ 問題 ]

船を作る際に一番難しいところはどこでしょう?沈没船の歴史をみると、やはりこの場所が一番こわれやすいようです。{宿題?—来週のトリビアは今週の問題に関連しているものを出題します。 Ma‘agan Michael沈没船についてです。}

  1. 竜骨と外板が合わさるところ
  2. 隔壁・外板・竜骨が合わさるところ
  3. 船尾・外板・竜骨が合わさるところ
  4. マストステップ


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Santo Antonio de Tanna

[ 問題 ]

1681年に作られた船で1697年にケニアのモンバサで沈没した、Santo Antonio de TannaはINAのチームにより1977-1980年に一部発掘されました。この船はポルトガル人が中心となり作ったのですが、ある国で現地の住民と共に作りました。その作られた場所とは?

  1. マカオ
  2. ジャカルタ
  3. 琉球
  4. ケープタウン
  5. ゴア


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どこの国?

[ 問題 ]

日本軍の軍艦がインドネシアの海域内で見つかったと過程しましょう。この船には80%以上中国人が乗っていたことが歴史的事実としてわかっていました。この船を発掘したい場合、どこの国が最終的な権限をもっているでしょう?

  1. 日本
  2. 中国
  3. 国際連合
  4. アメリカ
  5. インドネシア


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