沈没船は小宇宙

水中遺跡と聞くと、どことなく現世から離れた場所にあるイメージがありますね。ひっそりと海底に眠る沈没船…。

ところが、現実は異なります。沈没船は漁礁となり多くの生物がそこに集まります。そのため、沈没船は漁師や海づり漁船にとってはポイントとなります。例えば、漁礁を作るため通常はコンクリートブロックなどを沈めますが、場合によっては船を沈めることもありました(特に一昔前は)。

漁礁の設置について
https://www.jfa.maff.go.jp/j/gyoko_gyozyo/g_thema/pdf/dai15hen-2.pdf

 

通常、地域の漁協が漁礁の「正体」を把握していますが、中には正体不明の漁礁もあります。沖釣りのスポットや漁師さんの穴場には、沈没船があることも…。

 

レックダイビングも人気のスポットなのは、魚や珍しい生き物たちがいるからこそ。ダイバーにとって、沈船それ自体が魅力的なだけではなく、そこに集まる生き物たちを見ることもダイビングの醍醐味です。(Not only but also…の構文ですね!)

沈船を潜る、レックダイビングとは?魅力、注意点、器材、エリア紹介など基本を解説

SCUBA Monsters さんの記事

https://scuba-monsters.com/

 

沈没船に住む生物を調べると、時には特殊な生物や、その場所にしかいないような微生物が住んでいることもあるようです。沈没船がコアとなり小さな生態系を作り出していると言えます。

しかし、これらの遺跡は、釣りや漁業活動で壊されてしまうことが多々あります。

地中海、また、日本近海でも、多くの水中遺跡に網が引っかかっていたり、漁具を見つけることがあります。漁具と言っても、最近のモノだけではありません。古代のギリシャの沈没船に中世のアンカー、様々な時代の釣りで使用するおもりなどが紛れていることがあります。発掘をしていると、どうも別の時代のモノが混じっている…なんてことは普通にあります。

https://www.reuters.com/article/us-greece-environment-shipwreck-fishing-idUSKCN24W2G0

ATHENS (Reuters) – Divers removed half a tonne of abandoned fishing gear covering a British submarine that sank off the Greek island of Kefalonia in 1941 as well as other wrecks in an effort to protect the area’s loggerhead sea turtles, dolphins and monk seals.

簡単に示すと…

 

 沈船に魚が集まる

釣り・漁業の的となる

遺跡が破壊される

 

残念ながら、このような流れができてしまいます。日本でも網がひっかかる、壺が揚がる、などはよくあること。きちんとそのような場所を把握して対策を取らないと、どんどん遺跡は破壊されていきます。

さて、漁師による遺跡破壊が顕著になると、1970年代には地中海などを中心に沈船データベースを作成し、釣りや漁業活動を避けるエリアを指定して遺跡の保護に取り組んできました。今でこそ、世界では水中文化遺産を守るために漁業活動に制約がかかることは常識ですが、50~60年前は、「水中に遺跡なんかあるの?」と反対意見もあったようです。地元の漁師さんも、最初は反対をしていましたが、自分たちの遺産を守る、豊かな海を守ることに賛同しています。ダイバーが遺跡を利用することにより、観光収入にもなりWin-Winの関係が生まれています。

もちろん、ダイバーにも沈没船・遺跡を守るよう働きかけが必要です。ダイビングのライセンスを取る際には、海洋生物や海の環境を守ることも教えていますが、海の遺跡保護も同じようにダイバーが知っておくべき事。(数十年前のダイビングライセンス講習には、海洋環境保護の話しはなかったようです)。

 

https://www.diveagainstdebris.org/sites/www.projectaware.org/files/AWARE%2010%20Tips%20A4%20-%20Flyer_jp%20(Final)_0.pdf

海を守るためにできること。ダイバー、海とともに暮らす我々の常識ですね。

海洋環境と言ったときには、水中遺跡も含みます!

 

ちなみに、海揚がり品などがネットオークションや骨とう品屋で売られていますが、それらは遺跡の破壊を伴っていることがほとんどと見てよいでしょう。海外でダイビングをされる方、多くの国では海底遺跡からモノを持ち去ること、海揚がり品の売買は犯罪となのでご注意を。

では、ここからはちょっとディープな考古学の話しに入っていきます。

 

ちなみに、考古学者にとって遺跡があれば、すぐに掘るというものではありません。生物たちの住処ですので、そこにある生態系の調査などを生物学者とともに行ないます。カリブ海では、調査の結果、珍しいサンゴが繁殖していることがわかり、サンゴを移殖したケースもあります。

浅い海の場合は、多くの魚が集まりますが、さて、深海の場合はどうでしょう?

暗くて冷たい深海であっても、沈没船は生物の住処になります。特に、様々なバクテリアが生息していることが知られています。木材を食べたり、金属の表面にとりついてゆっくりと金属を蝕していきます。そこに、イソギンチャクのような生物が住み着き、甲殻類や魚介類などが自然と集まってくる…。そのプロセスはよくわかっていません。沈没船を中心にコミュニティーが出来上がっているのですが、どのような条件で生物が集まるのか、どれほどの時間がかかるのか…?

https://www.boem.gov/environment/virtual-archaeology-museum

https://oceanexplorer.noaa.gov/explorations/16battlefield/logs/sept7/sept7.html

アメリカBOEM(海洋エレルギー庁)の文化遺産のページ。海洋開発に際して文化遺産とそこにある海洋生物の把握が義務となっています。

国が主体となり文化遺産と海洋生物を守る形ができています。まだ問題もありますが、目指すべき保護体制かと思います。

 

分かっていることは、沈没した直後でも大型の魚などが寄ってくるようです。有機物は餌になりやすいので、すぐに無くなってしまうものと考えられています。金属の場合でも沈没直後は海水と反応し、何らかの形で微生物などをおびき寄せているのでしょう。

オイル漏れなども、生態系に悪影響を及ぼしつつも生物の集まる環境を作っていることがあります。

で、ここからが一般的に言われていることから少し踏みこんで話していきたいと思います。今回の記事のメインの内容です。

普通、海に島があった場合、生物の多様性は、その島の周りが最も多く、島から離れるにつれて多様性が減少していく、と考えられています。では、深海にポツンと存在する沈没船の場合はどうでしょうか?

これを調べるため、実際に沈没船の周囲からバクテリアを集めてデータ化した研究があります。アメリカテキサス州やルイジアナ州の沖、メキシコ湾には2000件以上の沈没船が確認されています。メキシコ湾では50年ほど前から水中遺跡の調査の蓄積があります。これらは、主に油田開発・パイプライン工事のアセスメントの際に発見された遺跡を調査したものです。海の開発に際したアセスメントは、学問の発達に不可欠なのですが、その話は、別のところで。

https://www.nytimes.com/2020/02/21/science/shipwreck-microbes.html?smid=url-share

 

ルイジアナ大学の生物学の教授は、水深約1000mに沈むとある船の周り、138の地点からバクテリアを調べるために砂をサンプルとして取得しました。船に隣接している地点から1000m離れた場所までサンプルを取ったそうです。予測では、徐々にバクテリアやら微生物の量が減っていくと思われたのですが…。

https://www.nature.com/articles/s41396-021-00978-y

 

結果:沈没船から離れても微生物の量は特に減少する様子はなかったが、200mを過ぎたあたりで激減することがわかりました。沈没船から海の中へ何らかの影響を与えているのでしょうが、そのメカニズムまではわかりません。さらに詳しく調べるために、12隻の沈没船の調査を実施したようです。

鉄の船、木造の船、また、積み荷の種類による違い、オイル漏れを起こしている船など様々な条件により環境に与える影響は異なるでしょう。深度や海水の流れ、水質など様々な要因がどのような違いを示すのか?まだまだ研究は始まったばかりのようです。

では、この研究が何を意味しているのか?

上でも書きましたが、沈没船が一つのコアとなり、特殊なミクロの生態系を構築していると考えることができます。沈没船は、もちろん人工物であり、自然にはないものですが、その場所に持ちこまれ、自然のプロセスの中に込みこまれています。悪影響もあるでしょうが、漁礁となることにより、豊かでダイナミックな生態系の一部となっています。

 

豊かな海の生物を守ることは、SDGsなどに謳われていますので、このミクロの生態系も守るべきもの。沈没から数百年~数千年たち、自然環境の一部になったと考えられます。また、近年の沈没船でも、ほとんど何もないところで生物が繁殖する様子は、生命の起源、原始の地球にも例えることができるのではないでしょうか?まさに、小宇宙。

SDGs、海洋問題…

水中文化遺産の保護もこの中に含まれます。

沈没船は小宇宙~歌になりそうですね。

これから海洋開発がますます進んでいくと思いますが、沈没船を守ることは、「このミクロの生態系も保護している」、という意識も必要となります。

その小宇宙の範囲は状況により半径300~500mとしましょう…と、このようにうまく括ることができればよいのですが、はたしてどうでしょう?

大きな船がバラバラに崩れながら沈没した場合、いくつかに分かれて沈んだ場合、広い範囲で遺物が散乱していることがあります。タイタニック号なども広い範囲にわたり遺物が散乱しているそうです。そうなると…数平方キロの範囲が保護されるべきエリアになるのでしょうか?

世界には数百万の歴史的沈没船が存在します。多くの人は、沈没船は珍しい存在と思っているようですが、珍しいものではありません。場所によっては時代の異なる沈没船が重なるように見つかっている場所もたくさんあります。1回のダイブ(30分)でギリシャ時代の遺跡、ローマ時代の遺跡、そして、中世の遺跡をみることが可能な場所もあるそうです。また、パイプラインやケーブルなど、特に大都市周辺の海底は人の活動により大きく影響を受けています。海ゴミも何らかの影響を与えているのは確実ですね。

そう考えると、バラバラに見えるこれらのスポットが、大きな生物界のシステムでお互いつながっている可能性もあります。

海知る

相模湾を中心に、パイプラインと海上保安庁が把握している沈船を表示。 結構パイプラインが多いでしょ?

アイルランド水中遺跡地図。かなりポツポツが多いですね。

海底面にあるこれらの構造物が、一つ一つ独立しているわけでなく、それぞれがつながりあい、大きな生態系を支えている。

この微生物たちのコミュニティーの上にもう少し大きな生物(軟体動物や甲殻類)のコミュニティーが重なっているのでしょう。このコミュニティーは、微生物たちよりも行動範囲が広いでしょう。その上に魚など自由に泳ぐ生物のコミュニティーが作られる。大きなコミュニティーを支えているのは、この小さなコミュニティーなわけですね。

沈没船やパイプライン等を中心とした微生物の生態系
その上に、少し大きな生物の活動範囲がかぶさります。
さらに大きな魚は、この上を自由に泳ぎまわります。

 

 

あくまで、想像であり実際にはここまで単純ではありませんが…。ここで、とある沈没船を一つ取り除いてみましょう。そうすると、コミュニティーの形が変わってきます。連結していたコミュニティーが途切れ、バラバラになってしまうことも。そうなると、影響はその上のコミュニティーにも出てきます。知らないうちに大きな魚たちの行動にも影響が…。そして、突然魚が取れなくなる。地域の住民は、どうして魚が取れなくなったのか、全く分かりません。人間社会にも影響が出てきますね。

そこで、パイプライン沿いにあった遺跡を丸っと発掘! 
すると…
生物達の活動範囲にギャップが生れます。
自由に行き来できなくなり、とれる魚に変化が…

 

沈没船などの文化遺産は、環境の中の一部という考え方が世界では主流になってきています。環境問題と言った場合に、文化遺産も含むというものです。

少し考えれば当然のこと。人間は、環境を変化させている原因です。つまり、環境問題を考えた場合、人間がどのように環境に影響を与えてきたかを考えることは、当然であり、人間の活動を学ばずに環境を学べません。

海洋問題も、今に始まったことではありません。過去から現在にかけて我々が海とどのように関わってきたのか、それを学ぶ必要があります。

沈没船は、過去の我々がどのように海とかかわりを持ってきたかを教えてくれるモノですが、それは、同時に現在でも環境に影響を与えているようです。

海の遺跡は、とにかく深い…

と思う今日この頃です。

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