トルコの港跡
イスタンブールでトンネル工事中に発見された港跡の発掘がまた話題にあがっているようです。約1000年前に嵐によって沈んだ船が幾つも発見されています。
人間の新しい環境に乗り出していく好奇心と挑戦心が物質的にあらわれたもの、それが“ふね”です。考古学は水中であれ地上であれ基本とすることは全く同じです。過去を愛する人、遺物を将来のために守っていく心を持った人の集まりが水中考古学を発展させていくことでしょう。トレジャー・ハンティングや水中考古学まがいのものが日本では認知されてきていますが、考古学の目的は遺跡・遺物の保護です。過去を大切にすること、それが第一原則です。今こそ日本人の海への関心を高めるべきです。地上の重力に魂を束縛された人間の心を解放し、水中遺跡の関心を高めていく。それが私の使命だと考えています。
2005年4月2日 Randall Sasaki
イスタンブールでトンネル工事中に発見された港跡の発掘がまた話題にあがっているようです。約1000年前に嵐によって沈んだ船が幾つも発見されています。
全羅北道の群山で埋め立て工事中に7mの水深から高麗時代の器がたくさん出てきたそうです。発見のきっかけは遺物を誰かが盗掘したのが発見されたからだそうです。他にも貴重な遺物が確認されており、このあたりの海域には無数の沈没船があることが予想され、埋立地などを作る前にしっかりと水中まで事前調査を行う必要があることが指摘されています。木浦の国家海洋博物館が発掘を担当しています。

新安沈没船発見からほぼ30年前に始まった韓国の水中考古学ですが、欧米などと比べてもかなりレベルの高い研究が幾つも行われています。国立海洋博物館の研究施設など日本も韓国の進んだ水中考古学を見習うべきでしょう。
日本のニュースなどでもいろいろと出てきました。今年の1月に’湖の底に巨大なピラミッド’のお知らせで一度取り上げていました。この水底のピラミッドというのはどうやらデマだったようですが、他にも水没した遺跡・遺物などが発見されているようですし、中国国家も本格的に乗り出しているようです。報道では”中国で初となる水底考古学”と書かれていますが、Nanhai1号などの沈没船はすでに調査されています。(淡)水低での調査は初めてでしょうか?

2-3日前にもお伝えしましたが改めて。
中国で初めてとなる水底考古学の発掘調査が、間もなく雲南省澄江県の撫仙湖で全面的にスタートする。中国歴史博物館、雲南省博物館、福建省博物館など各方面の専門家からなる水底考古学チームが25日現地入りし、26日から調査や測量、作業小屋の組み立てなどが始まった。
撫仙湖は海抜1750メートルにある高原淡水湖で、透明度が高く、最も深い部分で153メートルある。現地の言い伝えによると、昔、ある都市が湖面に沈んだとされている。数年前に地元のダイバー、耿衛さんが撫仙湖に潜った際、偶然に人工的に加工された石で築かれた遺跡を発見。これまで遺跡に関する文献は発見されておらず、これほど大規模な石造建築はこの地域で見つかったのは初めて。中国の考古学史上でもこのような石造建築文化の存在はこれまで報告例がない。
「人民網日本語版」2001年5月27日
湖底の古代都市を本格調査 中国、1750年前に水没
2006年 6月17日 (土) 20:49
そのほかにこのような記事もあります。
【北京17日共同】新華社電によると、中国雲南省玉渓市などは16日、同市澄江の撫仙湖で、約1750年前に湖底に沈んだ古代都市とみられる建築物群の本格的な調査を開始した。世界でも珍しい湖底の巨大遺跡の実態解明が進みそうだ。
同建築群は1992年に地元のダイバーが発見、2001年6月の最初の調査で存在が確認された。今回の調査は1週間の予定で、16日には複数のダイバーが湖に潜った。
01年の調査によると、遺跡は南北約2000メートル、東西約1200メートルで、都市の城壁とみられる長さ30メートル、高さ1・5メートル、幅3-5メートルの石垣があった。紀元前5世紀から紀元3世紀まで使われた「陶釜」(古代の調理器具の一種)の一部や模様が刻まれた石板などが回収された。
イギリスのBristol大学の水中考古学チームが2005年にバージンアイランドで沈没したHMS Nymphを探すプロジェクトの最中、別の2隻の沈没船(両方とも18世紀)を発見したそうです。一つは80-100トンほどのカリブ海で作られた船で、もう一隻は250トンほどのアメリカ作られた船だそうです。水中ロボットを使い写真撮影を行い情報を収集するのと、本来の調査目的のHMS Nymphも探すそうです。水中では特に有機物の保存に適しており、地上の遺跡からは得られることのない貴重な情報を期待しているとのこと。
Archaeological Survey of India (ASI)がインド周辺の海域調査に鳴り出しています。考古学者は年輩の人が多くあまり海に出ることを好まないようで人材が不足しているようです。しかし、しっかりとプロジェクトなどを通して発展をしています。
最初に情報を集めることが大切で文献、サーヴェイ、または地元民からの情報の提供が主な内容です。ASIに水中考古学機関が設立されて5年になりますが、2002年にはLakshadweepにおいてヨーロッパの沈没船(1792年)を調査しています。現在はLakeshadweep周辺のサーヴェイなどを中心に行っているようです。ASIではインド周辺に何100隻もの沈没船、港跡、水没遺跡などが存在していることが予想されると話しています。
中国・雲南省の昆明にある撫仙湖で考古学者が水没した都市を探すための調査が行われています。8年ほど前から地元のダイバーが四角い石などの発見、遺物の発見を報告しており、2001年には中国中央テレビが(CCTV)が潜水艦を使い調査をし、1800年前(漢)の時代の遺跡があることがわかりました。
中国の考古学者Liu Qingzhuさんはまだ都市が水没したとは遺物や礫、巨大な加工された石などだけでは断定できないとしています。この遺跡に関してピラミッドがあるなど様々な情報(でま)が飛び交っているそうです。
しかし、歴史を調べるとちょうどこのあたりにYuyuanと呼ばれる都市が南北朝時代まで存在していたことが知られています。地震によって水没したと考えられています。しかし、この時代に建物は木や竹を使って作られており、石を使い都市を作ることは珍しいといわれています。
中国の考古学者は今回の調査ではいろいろな謎を解くことはできないが、できる限り水中の状況を計測し、何があるかを把握することにある。今後の調査でさらに詳しいことが分かるであろうと伝えています。
中国新聞地域ニュース
復元水軍船、引き取り手なく解体 ’06/6/8
尾道市は十二日から、旧因島市が一億円かけて復元した大型水軍船「大阿武船(おおあたけぶね)」の解体工事を始める。老朽化が目立つうえ、引き取りの話も輸送費用の問題などで合意に至らなかった。
解体作業は、陸揚げ保管されている因島田熊町の民有地から、建造した内海造船田熊工場にえい航して進める。六月中に終える予定で、費用は約五百八十万円。
大阿武船は一九九七年、村上水軍の本拠地の旧因島市が地域振興を目的に建造。全長約二十五メートル、幅約十メートル、重量約百トン。鋼鉄の上に木板を張り付けて胴体部分を造り、甲板上のやぐらや、矢を防ぐ盾板などは木材で製作した。
NHKの大河ドラマ「毛利元就」や映画「あずみ」のロケでも使用され、地元イベントでも活用されてきた。しかし、自力航行できず多額のえい航費がかかることもあり、二〇〇二年十月以降「出番」はなかった。
合併で同船を引き継いだ尾道市は、船の保管維持に年間三百万円かかるうえ、「文化財的な価値も低い」として今年一月に廃棄処分を決定。北海道などから数件の問い合わせがあったが、因島総合支所は「輸送や補修費用の問題で立ち消えとなった」と説明している。(石田憲二)

【写真説明】12日からの解体が決まった大阿武船
ローマ時代にはインドと地中海の貿易が盛んでした。インドではローマ・ギリシャ人が”金を持ってきて黒い金も持ち帰る”貿易をしていました。黒い金とは胡椒やスパイスなどです。
ローマの主要な港にMuzirisがありましたが、いつの間にか場所さえも分からなくなり失われた港として呼ばれるようになりました。インドの考古学者がこの港を探すことに乗り出し、Malabar地方でたしかな情報を手にしました。この場所では地中海のアンフォラやガラス細工など当時の貿易品が見つかるそうです。
まだ発掘はおこなっていないようですが、これから本格的な調査がはじまるのではないでしょうか?
スペインのバスク地方の遺跡の調査の結果、8000年以上も昔から海に出かけ最低1-2km沖の魚を取って主食としていたそうです。時には50%以上の食事が魚であった可能性があります。
バスクは後の時代になると鯨やマグロ漁で知られる海洋民でした。その発達に至る前にこのように沖にでていたのでしょう。
世界に誇れる日本の考古学ではあるものの、日本では水中考古学を学べる大学が無い!これは誰が見ても明らかな事実です。まことに勝手ではありますが、大雑把に自分なりに大学のカリキュラムを作ってみました。