水中考古学の薦め

人間の新しい環境に乗り出していく好奇心と挑戦心が物質的にあらわれたもの、それが“ふね”です。考古学は水中であれ地上であれ基本とすることは全く同じです。過去を愛する人、遺物を将来のために守っていく心を持った人の集まりが水中考古学を発展させていくことでしょう。トレジャー・ハンティングや水中考古学まがいのものが日本では認知されてきていますが、考古学の目的は遺跡・遺物の保護です。過去を大切にすること、それが第一原則です。今こそ日本人の海への関心を高めるべきです。地上の重力に魂を束縛された人間の心を解放し、水中遺跡の関心を高めていく。それが私の使命だと考えています。

2005年4月2日 Randall Sasaki

スリランカと中国のお話

今月8日、北京の人民大会堂でスリランカのウィクラマシンハ首相と中国の習近平国家主席はと会見したそうです。

日本のメディアではあまり大きくは報道しておりませんが…。海外のニュース記事からは、いくつか面白い点がみられます。面白いといっても、考古学者(特に水中・海事)に興味がある人が読めばですが。

スリランカと中国は(またインドも同じく)、近年になり海洋国家として経済・文化など海洋・海事・(海軍)に関する活動を活発にしてきています。その中で、特に両国の海洋政策について話し合われたようです。その中で、海洋事業(研究など)を一緒に進めていこうと話がありますが、その中の一つに、水中考古学が出てきます。

英語の勉強をしたい方は、是非読んで、どこに書かれているか探してみてください。さて、ぱっと流して読んでしまうと、それだけのニュースなのですが、よく考えてみると、2カ国のトップが合ったときに、「水中考古学の分野で協力しようよ!」と言っているわけです。しかも、スリランカという小さな島国で、決して経済的に恵まれた国ではありません。

このように、水中考古学は2国間の最高レベルでの話し合いにも出てくる話題なのです。20年前だと考えられなかったことですが、世界的に水中考古学が国際レベルで話し合われているわけです。詳しい内容は分かりませんが、何か良い研究に結びつくことを期待しています。

日本語のニュース

伊400号から遺物を回収!

伊400号は、旧日本軍の大型潜水艦で、艦内に折り畳み型の飛行機を搭載したことで有名です。その400号は終戦のあと、アメリカ軍がハワイ沖に沈めました…数年前、調査の結果、伊400号を発見したのはちょっとした話題になりましたね。

発見の時の映像

さて、今回は、その伊号潜水艦から遺物を引き揚げたとのことでニュースになっています。

博物館などに展示して多くの人に歴史を知ってもらうために活用するそうです。

今回の引き揚げ(ベル)のビデオも視聴できます

普通、戦争遺跡からの遺物の引き上げなどは戦争のメモリアルとして現地保存するため引き上げは行いません。ですが、この潜水艦は戦果も上げられずに終戦を迎えました。アメリカ軍に回収された後に沈められてますので、遺物を揚げても(法的に)問題なしということになります。

これを機会に、戦争の正しい理解(平和に貢献するため)が必要ですね。

 

 

水中考古学の「範囲」…オイルと環境アセス

さて、水中・海洋考古学は、どんな学問なんでしょうか?

たぶん、多くの人は、水中に特化した考古学で沈没船の構造の歴史変遷や、積荷の研究などかなり専門的で幅の狭い分野だというイメージがあるのではないでしょうか?

しかし、実際には水中に存在する遺跡を対象として様々な研究が行わえており、学際的・多角的な分野なのです。沈没船が環境に及ぼす影響、そして、沈没船によって作られた生物環境が、その後の人間の活動によってどのように変かしていったのかも研究しています。考古学というより、環境・生物学ですね。

沈没船は、海の底、特に深海において、一つの小さな生態系を作り出す時があります。何もない深海に、ポツンと有機物や金属などあれば、さまざまなバクテリアや生物たちがそこで生きていくことができます。しかし、人間の活動がその生態系を破壊してしまう恐れもあります。

2010年、メキシコ湾でオイルのプラットフォーム事故により大量の油が海に流出した事件がありました。このとき、近くにあった沈没船にも影響があったのではないかと言われています。直接・間接的に、数百件の水中遺跡に影響を及ぼしたと言われています。実際に、調査は進められており、結果はいろいろと上がってきています。生物への影響はもちろん、沈没船の鉄製品の錆が以前にもまして劣化が進んでいるとか…

人間の行動は、生物環境に影響を及ぼしますが、考古学(遺跡)への影響も大きいようです。特に、あまり普段は気が付かない水中に眠る人類の痕跡もさまざま影響を我々から受けているようです。特に海外では、環境アセスというとき、考古学や歴史的景観も含まれており、海の底も例外はありません。

水中考古学は、奥が深い。

アメリカ海洋エネルギー庁のページ

レポート

水中考古学とエルトゥールル号遺物の保存処理

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少し前ですが、2016年2月の読売新聞に、東海大学海洋学部の学生が和歌山県串本町で1890年に同町大島沖で沈没したオスマン帝国海軍海軍エルトゥールル号の遺物の保存処理に携わるという記事がありました。エルトゥールル号プロジェクトは、パブリシティや地域へのアウトリーチをとても重視したプロジェクトで、地元串本町、和歌山県内の観光系のプログラムを持つ大学、さらに小中高校との交流がこれまでもメディアにたびたび取り上げられてきました。国外研究者による国内の遺跡での学術調査で、コミュニティアーケオロージを実践した貴重な事例だとも言えます。一方で、考古学を学ぶ大学生が同プロジェクトに参加したのは、2007年のプロジェクト開始以来、今回の東海大学の水中考古学を学ぶ学生が初めてのことだと思われます。10年近く継続して行われているエルトゥールル号プロジェクトは、これまで国内の考古学機関からは、それ程にはサポートを受けたことがありません。これには色々な要因がありますが、やはり沈没船遺跡、その年代が19世紀後半ということも、水中遺跡としての認知が進まない理由の一つとも考えられます。水中遺跡の代表的な例に沈没船が含まれますが、日本の水中考古学史上では、むしろ湖底遺跡や海底の遺物の散布地などが、水中遺跡調査の事例として取り上げられます。一方で、その学史上では1974年から調査が開始された、箱館戦争で沈んだ旧幕府軍艦開陽丸の水中発掘調査が欠くことができません。19世紀後半の沈没船の数例の調査の一つとしては、他にいろは丸があげられます。日本・トルコ外交史上重要な意味を持つエルトゥールル号、発掘調査、保存処理、活用というプロセスがプロジェクト開始以来着実に進行しています。調査団の船舶考古学研究所の(INA)紀要(英文)では、調査の誌上報告がされています。特に金属・木製品からなる約8,130点もの遺物の保存処理は、3万点以上の遺物が引き揚げられた開陽丸以来の大規模な海揚がり遺物の保存処理作業となります。開陽丸遺物の保存処理では、当時の様々な試行錯誤がその課題とともに報告されていますが、水中考古学発調査によって引き揚げられた遺物の保存処理に実績のある船舶考古学研究所のエルトゥールル号プロジェクトで現在用いられている保存処理作業は、遺物の調査発掘から公開・活用までが求められる日本の水中考古学にとっても得られるところが多いのではないでしょうか。

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勉強会のお知らせ

2015年度・第3回 アジア水中考古学研究所・東日本会員連絡会(水中文化遺産研究報告会)を開催いたします.

 

日 時:2016年2月21日(日) 13:30~17:00
場 所:東京海洋大学・越中島キャンパス 3号館4階会議室(405号室)
http://www.e.kaiyodai.ac.jp/contact.html

1.水中文化遺産講座
○「水中文化遺産と考古学-遺跡を残す意味を考える-」
(1) 「水中文化遺産と原位置保存」   岩淵聡文(東京海洋大学教授・ARIUA理事)
(2) 「なぜ遺物をすぐに取り上げないのか」  林原利明(ARIUA理事)
2.報 告
○「初島沖海底遺跡調査報告(2015年度・朝日新聞文化財団助成事業)」
3.水中文化遺産情報交換

UNESCO水中文化遺産 53か国目 (ガーナ)

非常に、地味なニュースかな、と思いましたが、UNESCO水中文化遺産保護条約に53か国目のメンバーが加わりました。

ガーナです…

2015年は、マダガスカル、アルジェリアや南アフリカが加わっており、近頃はアフリカ諸国にも水中文化遺産保護の波が押し寄せているようです。

つい最近までは、水中文化遺産というと、すぐに沈没船が連想され、そうなると、アフリカにとってはヨーロッパの船であったようです。そのため、国内でそれを自国の遺産として受け止めるには多少抵抗があったと聞きます。しかし、現在は、ヨーロッパとの関係も含め自分たちの遺産であり、また、水中文化遺産には実は自分たちのローカルな遺跡も多く存在することに気が付いて動き出しているようです。

船員徴用と水中戦跡

事実上の徴用と船員予備自衛官化がメディアによって取り上げられました。
http://mainichi.jp/articles/20160130/k00/00m/040/091000c

記事のなかで触れられているように、いくら強制が無いと言われても、有事の際の国やあるいは国民からの無言の圧力が想起されます。

戦後70年しか経ていない段階でこうした考えが防衛省から出てくることに危惧を抱く人は少なくないと思います。

太平洋戦争での民間船の徴用と船員の徴用、命を落としたあまりに多くの船員の方々に記事も触れていますが、

その悲劇の歴史の証人として、今でも太平洋諸国には多くの徴用船が沈んでおり、

一部の国ではこれらを水中戦跡として保護しています。

水中戦跡には軍艦では無く、徴用船が多く含まれるのが現実です。

権力の圧力による最初の犠牲者は弱者であるというのが歴史の常です。

戦後70年の水中戦跡

鷹島海底遺跡をはじめ水中文化遺産の取材をおこなっているRKB、戦後70年にあたる2015年には水中に沈む第2次大戦中の船舶についても現状を報告しています。

http://rkb.jp/news/news/30204/

取材ではパラオ共和国が取り上げていますが、同国の文化財関連法は周辺海域に沈む大戦中の船舶・航空機を水中戦跡として保護しています。

パラオの水中戦跡はこれまでの日本の研究機関の考古学者が参加しての調査が行われてきました。

http://repository.nabunken.go.jp/dspace/bitstream/11177/458/1/BA67898227_2010_012_013.pdf

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2015年にはユネスコ事業でパラオ共和国を初めとする太平洋諸国での水中戦跡の現状が多角的に報告されています。

 

ひとりごと…

すでに、何回かいろいろな場所で書いていますが、再度。

水中考古学にお金がかかるは微妙に嘘。というのも、遺跡を全掘すればもちろん陸上でも膨大なお金がかかる…。。

 

また、同量の一括性の資料、流通の過程を示す遺物、完全な形で残された遺物など陸の遺跡をいくつ掘っても沈没船がもたらす情報量にはなかなか追いつけない。そもそも、遺跡の重要度などという理論は考古学的倫理から外れる。水中遺跡はその環境により、陸では考えられないほど有機物などの保存状態が良好である。沈没船などがタイムカプセルと称されるのもこのためである。いくら陸の遺跡を掘っても、出てこない種類の遺物も多く見つかることがある。

現在、世界のスタンダードは陸も水中も、開発との共存、原因者負担による発掘である。(建設会社さんありがとう!)そのなかで、水中の遺跡を見てみよう。

最初に、海の開発は主に国や自治体のプロジェクトが多い。つまりは、公共の事業であり、税金を払う全ての人々が等しくその恩恵に預かる。個人で海の開発を行うことはほとんどないだろう。つまり、遺跡が工事計画地に存在した場合、すべての人民のメリットとなるよう対処するべきである。個人住宅の建設予定地に個人の負担でお金を使うのとは少しわけが違う。個人が発掘の費用にお金を出すのを躊躇するのは仕方のないことだろう…。くどいようだが、海の開発は公共の事業であり、公共の歴史理解を深めるのに少しのお金を払うのは決して悪いことではないと思う。

次に、海の開発とは、主に公共のスペースで行われる。そのため、建設予定地の変更を行うことが容易である。例えば、広い海にパイプラインを通す場合、そのルートを多少変更しても問題がない場合が多い。すぐ隣に他人の土地があるわけでもないので、数10メートルずらすのは簡単だ。つまり、遺跡があっても、掘る必要は少ない。陸の開発では、遺跡があったら、発掘などの対応を考える必要があるが、海上はルートを変更のみで終わる。開発業者にとっては楽である。遺跡が出ました、じゃ、ルートを変更で…という話でお金はあまりかからない。

しかし、面白いことに、海外では建設会社は、容易に可能なルート変更よりも、発掘をすることを選ぶことが多い。これはなぜか?もともと、海の上の開発には数億円単位の莫大なお金がかかる。そのため、水中遺跡の調査にすこし余分にお金をかけるのも苦ではないことが多い。言い換えると、陸の遺跡の発掘では、建設業者の負担は、事業全体に占める割合が大きいが、海の開発に伴う水中発掘は、建設事業全体に占める割合が少なくて済む。また、不思議と、海の発掘に惜しみなく資金を提供した業者は市民からも慈善事業として見られ、業者のイメージアップにつながることも多い。

最後になるが、海の建設を行う際には、事前にその土地の地質などの調査を行うのが普通である。この調査には音波探査などによる海底面の調査や、堆積層の確認などがある。これらの調査は、基本的には水中で遺跡の探査をおこなうプロセスとなんら変わりがない。ただ、得られたデータを、考古学見地から見る必要があるだけである。つまり、もともと工事の際に行う基礎データ収集に際して、考古学者がそのデータの提供を受け、分析するだけで、水中遺跡の有無が分かってしまう。陸の試掘のようなプロセスを必要としないのである(というか、工事会社がもともと建設のために探査を行う)

以上を考えると、水中遺跡の探査や発掘などにお金がかかるといのは、嘘であることに気がつくのではないか?確かに、局部的にみるとそうかもしれないが、開発対応の中でみると、陸に比べて幾分かお安く見える。

もちろん、学術調査となると少し話が変わってくるが、自治体や建設業者にとってはそれほど高いわけではない。逆に、なぜ、世界的に進む水中遺跡の保護を我が国で行って来なかったかが疑問である。

もし、水中遺跡の調査にはお金がかかると言っている人がいれば、教えてあげてください。

 

 

 

 

 

ケニアで水中遺跡ミュージアム構想と世界の動き

2015年末現在、インターネットで水中考古学や沈没船関連の検索をすると、とある国の大統領が発表した沈没船発見のニュースで賑わっているようです。国として「貴重な文化遺産として保護し広く国民と共有する」と宣言しているにも関わらず、メディアなどの部外者が財宝だどうだの騒いでいます…そもそも遺跡として保護することを明確にしているにも関わらず、一部のアメリカなどのメディアが遺物の価値が重要であるように報道してしまったため、日本のメディアもそれが重要であるかの如く報道しています…現実には、多くの国で水中と陸上の文化遺産は全く同等に扱われているのが普通です。日本とアメリカの一部のニュースと、それ以外の国のニュースを比べると微妙な温度差があるのがわかります。残念なことです。

さて、それを踏まえて次のニュース。個人的にはこちらのニュースのほうが大ニュースであり、今後の研究の起爆剤になる重要な動きであることは、間違いありません。

アフリカ東海岸のケニアでは大航海時代のポルトガル船などの水中遺跡がありますが、海底遺跡ミュージアムパークを設立するそうです。この地域では、ほかにもモザンビーク、ナイジェリア、セネガル、南アフリカ、マダガスカル、ナミビアなどの国がこの事業に関わり、地域の水中考古学の発展に貢献できるよう協力して取り組んでいるようです。インド洋でも広く水中文化遺産の保護の動きが活発になっています。これらの国は、どれも日本のGDPと比べると経済的に弱い国でありながり、水中の文化遺産の保護に向けて積極的に活動を強めています。

また、つい先日、グアテマラもユネスコ水中文化遺産保護条約の締結国のメンバーに加わりました。台湾も、国際的な立場からユネスコと関わっていませんが、その条約を基に水中文化遺産の国内法を整備しています。ユネスコの条約に批准せずとも、水中文化遺産の保護が世界的な動きとして定着しています。特に、世界では開発に伴う調査で多くの遺跡が発見されています。

水中には多くの遺跡があります。デンマークやオランダなど日本と比べると小さな国でも数千件の水中遺跡があります。日本には多くの水中遺跡がありました…残念ながら、その多くは護岸工事や埋め立てなどにより破壊されてしまいました。これは、開発に伴う考古学調査が陸上では当たり前でありながら、水の上では行われてこなかったことが大きな原因です。例えば、アメリカのメキシコ湾では、油田開発に伴うパイプラインの施設工事の事前調査だけで2000件以上の水中遺跡が報告されています。日本でも、最近は幾つかの水中遺跡の発見が報告されていますが、破壊された遺跡はその数千倍でしょう。

残念ながら、真面目に水中文化遺産を保護する取り組みを始める時期はとっくに過ぎているのかもしれません。真面目な水中遺跡の保護について考えてみる機会になれば幸いです。近年、水中文化遺産や水中考古学についての本などが出版されていますので、ぜひご覧ください。