2011~2012…
2012年も、早いもので気がついたら成人の日もすぎて、すっかり正月の気分もなくなりました。みなさまはいかがお過ごしでしょうか?
最初にお知らせですが、私がラジオで水中考古学について生トークいたします!
詳細はこちら
1月12日 J-wave (81.3FM) — 8:30-9:00 AM (LIVE) http://www.j-wave.co.jp/original/tmr/index.htm
1月14日 FM Yokohama (84.7FM) — 10-10:30 AM (LIVE) http://www4.fmyokohama.co.jp/future/future_new.html
ラジオ生放送で水中考古学について聴ける機会はそれほどないので、是非お楽しみに!
さて、ラジオを聴くにあたって少し事前のお知らせとして一言書かせていただきます。ちょうど少し1年を振り返ることと、今後の動向について考えて見る時期でもあるますので、水中考古学を知るには良いのではないでしょうか?ツイッターで去年の暮れから1年の水中考古学ニュース・トップ10のカウントダウンをしましたが、ツイッターを使っていない方のためにも少しおさらいを。
10位:世代の交代が顕著な1年であったこと。水中考古学の大御所の先生方がお亡くなりになったり、引退なさったりと、悲しいとしではありましたが、日本人初の博士号の取得した木村氏の活躍などがあげられます。
9位:ヴァーサ号の引き上げから50年など節目の年!これも、世代交代と関連しています。メキシコの水中考古学誕生から30年などもこの部類のニュースに入ります。
8位:海賊船の発掘ブーム?黒ヒゲの沈没船はもちろんのこと、ヘンリー・モーガンの船の発見、キャプテン・キッドの沈没船が海底ミュージアム化されるなどいろいろです。ワンピース人気で水中考古学も人気上昇?
7位:私の宣伝のようでもありますが、「沈没船が教える世界史」が成毛眞氏などのレビューの影響などもあり、売れ行きが良かったこと。実は、一般向けの水中考古学の本は今までに日本でほとんどなかった。井上たかひこ氏も一般向けに本を出しています。
6位:水中文化遺産の保護の取り組みが強まっています!スペインもそうですが、アルバニア、フィリピン、インドネシアなどでも、本格的に水中文化遺産の保護に向けて進んでいます。
5位:マニラでアジア・太平洋地域水中文化遺産保護会議が行われました!この地域でこれだけ大きな会議が行われたことは初めて。改めて地域全体で水中文化遺産の保護の重要性が高まっていることを確認することが出来ました。
4位:スミソニアン博物館がインドネシアで本格発掘!トレジャーハンターが引き揚げた跡を再発掘するそうです。インドネシアのBelitung沈没船は今後も話題を呼びそうです。もともと、9世紀の中国とインド洋を結んだ物的証拠である沈没船の発掘ですから、歴史的価値は相当のものです。
3位:アジア水中考古学研究所が進めている日本の水中遺跡データベース化事業が最終段階に!水中遺跡のデータベース化は非常に重要な作業です。地味に見えるかもしれませんが、このような下積みがなければ大きな成果や発見はありえないのです。世界でもデータベースを作った国とその取り組みに遅れた国では違いが見えてきます。
2位:鷹島海底遺跡から元寇沈没船発見!そして、鷹島海底遺跡が国指定遺跡になるとのこと。このニュースが誰もが「水中考古学ニュース」のトップになるだろうと予想していたことでしょう。ですので、あえて、ここは2番にしてみました。というのも、今までの発掘やサーヴェイの実績があったからこその発見です。すでに、椗など大きな木材も多く引き揚げられています。また、世界的に見て、沈没船の発見はそれほど珍しくない事例。発見された沈没船の保存状況を見る限り、同等、もしくはこれ以上の残りの良い沈没船は海に面した市町村どこでも発見できる可能性があります。また、沈没船を探すために使用された機材や方法もあくまで日本国内では珍しい新たな試みであることは間違いないですが、他国の考古学調査では良く行われている方法です。今まで発見できなかったのも日本の水中考古学事情が未発達であったためで、「やっと」ここまで来れたかというのが正直な感想です。調査を続ければもっと保存状態の良い船が見つかるはずですので、騒がず、あせらず、じっくりと研究を進めていくことが望ましいでしょう。
1位:日本国内で「水中考古学」という言葉を耳にする機会が2011年には非常に多かったこと。今までにないほどにテレビやニュースなどで水中考古学が話題となっていました。だいたい1月に1-2回はテレビでも関連した話題が取り上げられていました。今年はもっと水中考古学関連の話題が見られることでしょう。
ざっと、2011年のニュースをまとめてみました。水中考古学にとって重要なのは一般の人にもこの学問を知ってもらうことです。というのも、世界のほとんどすべての水中遺跡は偶然、一般の人に発見されているからです。考古学者が発見するのはいたって例外なのです。ダイバー、護岸工事に関わる人、漁師などが発見するケースがほとんどです。つまり、今後の日本で水中考古学を発達させるには一般の理解を広めることが先決であるのです。遺跡がなければ成果はあげられませんし、沈没船の研究には数十年かかるのが普通です。これらの調査は税金で行われることが多いので、やはり、みんなで共有の財産なんだと思っていたがかないと、調査する意味もなくなってしまいます。そう考えると、2011年は非常に良い年であったと考えられます。鷹島での発見という大きなニュースと、水中考古学が一般にも浸透し始めたこと。地道な水中遺跡のデータベース作成など。やっと世界の水中考古学の調査と肩を並べられるほどになってきたのではないかと感じられます。2011年の成果は今後の発達に意義のあることが多かったのではないでしょうか?
2012年はどうなるのでしょうか?ニュースやテレビ・ラジオなどいろいろと話題になりそうですが、成果についてしっかりと提示していく必要があるでしょう。水中考古学ってどんな学問か理解している人が増えているでしょうから、実際に「こんなこともこの学問から分かったのか!」といニュースが多く出てくるとよいでしょうね。日本国内ではまだ難しいかもしれませんが、海外などで多くの事例を紹介していく予定です。



この地域は堤防が築かれて以降、埋立地となり人々が住むようになったので、現在の地形をそのまま13世紀に当てはめることはできません。戦いのあった時代にはデルタ地帯であったと考えられ、幾つかの島が点在していた地形であると考えられています。その島が点在し、細い水路を通って海に出ようとしたモンゴル軍を陳軍が木の杭により動きを阻止したと考えられています。現在では地域の人々が歴史的価値のある遺物(遺構?)であると理解しているため、発見されればすぐに報告され保護されます。しかし、木の杭の正確な分布図などもなく、また、多くの杭はすでに失われているものと考えられています。また、木の杭以外のモンゴル軍の痕跡は数個の陶磁器片以外に何も発見されていません。写真は木の杭が田んぼからでているところです。ただし、1本1本すべて炭素年代できるわけではないので、これは別の時代の木の杭である可能性ももちろんあります。



