水中考古学の薦め

人間の新しい環境に乗り出していく好奇心と挑戦心が物質的にあらわれたもの、それが“ふね”です。考古学は水中であれ地上であれ基本とすることは全く同じです。過去を愛する人、遺物を将来のために守っていく心を持った人の集まりが水中考古学を発展させていくことでしょう。トレジャー・ハンティングや水中考古学まがいのものが日本では認知されてきていますが、考古学の目的は遺跡・遺物の保護です。過去を大切にすること、それが第一原則です。今こそ日本人の海への関心を高めるべきです。地上の重力に魂を束縛された人間の心を解放し、水中遺跡の関心を高めていく。それが私の使命だと考えています。

2005年4月2日 Randall Sasaki

連載最終回 「水中考古学へのいざない」

毎月産経WESTに連載されていた、「水中考古学へのいざない」が今月で最終回となりました。全23回で完結となります。

これまで、日本各地の遺跡、アジアや世界各地の遺跡についての紹介や、水中考古学の方法論、魅力など、様々な話題について書かれてきました。

今回は、これからの日本の水中考古学について。どのように進化し発展していくのか?これまでの取り組みや現状、今後の方針など書かれています。

海洋考古学入門

ここ数年、日本国内でも毎年のように水中考古学に関連する本が出版されています。人々の関心もだいぶ高くなっているようで嬉しい限りです。日本国内でも水中遺跡の保護が進むことを期待しています。

そのようななか、これまで、なかなか教科書的な本はありませんでした。今月発売されたこの本は、学問の定義、これまでの学史、方法論など世界と日本の事例から解説しています。

一般向けではありませんが、考古学者であれば知っておくべき内容であることは間違いないでしょう。また、水中考古学ではなく、海洋考古学としていますが、その理由ものべられています。

水中と陸の考古学など本来は切り分けるべきではありません。水中考古学は、あくまで方法論でしかありません。人と海の関係を学ぶ学問として発達してきた学問、それが海洋考古学、海事考古学などと呼ばれます。

詳しい続きは、本の中に書いてありますので、ぜひ。

埋め立て地について

以前から時々書いてますが、埋め立て地について…

水中考古学のサイトでなぜ埋め立て地の話?と思われるかもしれませんが、実は、世界では「水中考古学」という言葉はあまり使われていません。遺跡はどこにあろうが、その意義は全く変わりませんし、水を抜いてしまえば、陸の考古学とおんなじですね。また、海面上昇や隆起によって、水位が変われば、陸にある遺跡も海に沈んでしまいます。船舶考古学や『海と人の関係』を探る考古学、海洋史観から歴史を探る考古学が主流であり、海事考古学、海洋考古学、船舶考古学などの呼び方が適切でしょう。

 

その船ですが、歴史的価値の高い沈没船などは、どこを探せばよいのでしょうか?じつは、ものすごく身近な場所にあります。船は陸のそばで沈没することが多いですし、また、使えなくなった船を港の端で破棄して埋め立て地を作る際に一緒に埋めたりしています。イギリスなどの保険の記録や、東インド会社の記録などを見ても、9割近くが当時の港の目と鼻の先で沈没・破棄されています。つまり、沈没船などの遺跡を発見するのに最も可能性の高い場所は、港ということになります。日本の水運の歴史を見ても、ほとんど陸から離れない場所の航海がノルマです。また、水没遺跡や住居跡なども、やはり陸の近くに存在しているはずです。深い海には、ほとんど遺跡なんて存在していないのです。

さて、埋め立て地に話を戻しましょう。

以前、こんなニュースをお伝えしました→ワールドトレードセンターの下から沈没船発見!

実は、埋め立て地の下から、たくさんの船の残骸が発見されているんです。今回お伝えしたいニュースはこちら。

では、日本の埋め立て地はどうでしょうか?

日本の埋め立て地の総面積、ちょっと調べようと思ったんですが、1,500平方キロ~2,000平方キロぐらいあるのではと思われます。正確な情報は、調査中です…つまり、浜松市以上東京都未満。残念ながら、これだけ広大な土地が、遺跡調査されずに開発されてしまった土地なんです。が、実は、その下にまだ埋もれている可能性も残されているのかもしれません。

海洋開発や浚渫などを行う前にはその周辺に遺跡がないか調査をするのが普通なんですが、日本ではまだまだ未整備な点が指摘されています。下の写真ですが、アメリカ・テキサス州のほんの一部ですが、工事などに先立ち、調査されて発見された水中遺跡(の可能性のあるポイント)が示されています。ポイントがまっすぐに伸びていますが、そこが調査により発見されたポイントです。一昔前の日本の遺跡地図も、開発によって道路に沿って遺跡が点在していました。

リンク先は、こちらで見れます。

 水中(だった)遺跡は、実は足元にあるかもしれません。これから海の近くに行くことがあれば、ぜひ海を見てください。そして、今、立っている場所は、もともと海だった可能性も高いです。地中深く、実は掘り起こせば沈没船があるかもしれません。そして、これから海の周りで開発があれば、その周辺の遺跡の調査も行う必要があります。陸上であれば、浜松市程のエリアが遺跡調査無しに開発されたとなればビックニュースですね。

水中考古学の世界で活躍する!研究者のブログ

だいぶ前から、こつこつと書き溜めていたのは知っていましたが、大幅に内容を書き加えたようで、この度、紹介することになりました。

アメリカの大学で水中考古学を学び、現在も海外で活躍している水中考古学者の山舩さんのブログです。写真も多く、また、親しみやすい口調で水中考古学について、自身の研究などについて書かれています。

こんな世界があったんだ!と驚かれることでしょう!ぜひご覧ください!

 

U-3523 発見!

さて、見出しだけだとなんだかわからない人も多いでしょうが、おそらく一度は耳にしたことのある潜水艦です。

U-3523はナチスドイツの潜水艦(Uボート)で、おそらく最も有名なものでしょう。当時の最新鋭の技術を積み込んで完成させたものですが、行方が分からなかったそうです。この度、デンマーク沖で発見が確認されたと報道がありました。この潜水艦は、潜水したままで一度も浮上せずに大西洋を渡りきることが出来たと言われています。

この潜水艦は、噂ではヒトラーが乗りこんでいたと言われています。この潜水艦で南米のコロンビアに逃げ延びたとか、多くの金塊を積み込んでいたとの伝説があります。実際には、イギリスの船に、未確認の敵潜水艦として撃沈されていたようです。

潜水艦は、海底に突き刺さった状態で発見されていますね。

 

最近、「海賊の考古学」の話題が多い(黒ひげ、ベラミーなど)

海賊黒ひげの船(Queen Ann’s Revenge)が発見・調査されていますが、本の一部など有機物も多く発見されています。結構、冒険ものの小説などを読んでいたそうです。海賊というと、野蛮なイメージを描きがちですが、実は甲板の上でゆっくりと読書をしていたのかもしれません。まだ本はそれなりに貴重だったはずですので、みんなに貸し借りしながら同じ本をみんなで読んでいたのかな?

黒ひげの本(英語のニュースサイト)

さて、サミュエル・ベラミー(又の名をブラック・サム)の沈没船も随分前に発見されています。今回、骨の一部が発見されており、DNA鑑定をするそうです。海賊船長が特定されるのは、もしかしたら初めてかもしれません。DNAはベラミーさんの子孫から提供されたようです。リンク先に、ベラミーさんの写真がありますが、選んだ写真に突っ込みがはいりそうな…ちなみに、職業は大工さん。

大工のベラミーさん

キャプテン・キッドの船も発見されていますす、モルガン提督の船も探査が行われていますね。もちろん、ジャマイカのポート・ロイヤルも水面下に残っています(最近は発掘調査は行われていませんが)

 

 

 

マニラ・ガレオン、サンフランシスコ号(1609年沈没)

太平洋航路を初めて利用したマニラ・ガレオン貿易。ちょうど信長・秀吉・家康が活躍した時代に始まっています。世界と日本が最も接近した時期にあたります。

1609年、マニラ(前)総督ドン・ロドリゴを乗せたサンフランシスコ号が、千葉県御宿の沖合で座礁・沈没しています。ロドリゴは、生き残り、家康に謁見しています。また、ウィリアム・アダムス(三浦按針)とも会ったそうです。アダムスの作った西洋帆船を譲り受け、無事にスペインに戻っています。

この事件をきっかけに、短い間でしたが、スペインと日本の通商が行われました。その後の仙台の遣欧使節団にもつながっていく、江戸初期の重要な歴史の1ページです。その後、日本は海外との貿易を制限していくことになります。

さて、そのサンフランシスコ号、現在調査が行われています。大発見も近いかもしれません。

 

フロリダ州の沖で古代の墓地発見

およそ七千年前の遺跡だそうです。フロリダ州の西側(メキシコ湾側)で発見されています。ハリケーンなどの多い地方なので、数千年前の遺跡はほとんど残らないと思われていたようですが、最近、海岸線で古代の遺跡が発見される事例が増えているように感じます。

地元のダイバーが発見が骨の一部などを発見し、自治体へ報告したことで遺跡の発見につながりました。木材なども多く残っているようで、まだ全容は明らかになっていませんが、集落の一部が海の中にそのまま当時の状態を残したまま埋もれていたようです。 埋葬場所もそのまま海の中で残っていたようですね。

地元のダイバーがきちんと発見を報告してくれたこと、また、その報告を受け入れて調査する体制ができていたことによる結果でしょう。調査を行うとなれば先の事でしょうが、どのように遺跡を保護するのか、一つの事例となるかもしれません。

ミクロネシア連邦がユネスコ水中文化遺産保護条約を批准する

タイトルの通りのニュースです。

太平洋のミクロネシア諸島が、ユネスコの水中文化遺産保護条約を正式に認めることになるようです。太平洋諸国では初となりますが、周りの国々も加盟が進むことが予想されています。アフリカなどでもそうでしたが、一つの国が批准すると、地域にある周りの国も加盟を急ぐ傾向にあるようです。

ミクロネシア…。水中遺跡。そうです、「戦争遺跡」が思いつくと思います。ユネスコは、文化遺産となる基準の一つに100年を経過したものとしています。つまり、太平洋戦争中に沈んだ日本の船舶や航空機なども保護対象になります。2045年問題と言われており、 正式に文化遺産、つまり遺跡となるわけです。

日本政府が調査・引き上げ・遺骨収取などを行うには様々な制約が生まれます。ただし、日本に所有権があるので、日本がこれからどう水中遺跡について考えていくか。

 

連続講座 唐物と東アジアの海域交流

神奈川県の金沢文庫で開催される特別展「唐物KARA-MONO」の関連講座。

金沢文庫の特別展については、こちら

鎌倉と海とのつながりを考える講座が多いですね。12月9日は、興味のある方は、ぜひ。

第1回 11月11日(土曜日)梅沢恵(神奈川県立金沢文庫主任学芸員)「鎌倉地方における唐物受容」

第2回 11月25日(土曜日)石野一晴氏(学習院大学研究員)「観音様に会える島-明代における普陀山復興と巡礼-」

第3回 12月2日(土曜日)西谷功氏(泉涌寺宝物館「心照殿」学芸員)「入宋僧と普陀山観音信仰」

第4回 12月9日(土曜日)佐々木蘭貞氏(九州国立博物館研究員)「鷹島海底遺跡の調査とその後 これからの水中考古学研究」

第5回12月16日(土曜日)長岡龍作氏(東北大学教授)「海をわたる釈迦像-清凉寺釈迦如来像の胎内に見る信仰世界」